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2026年03月21日09:58

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久々に横浜散策

昨日は朝早くから所用で石川町に行っていました。
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石川町駅で降りるのは久々ですが、横浜方面に行くこと自体が久々な気もします。
駅の副名称に「元町・中華街」と追記されるようになって久しいですが、中華街挟んで反対側にあるみなとみらい線の元町・中華街駅と紛らわしいので止めた方がいいのではと思ってしまうのは、私だけでしょうか?
乗換駅だと勘違いして降りる人がおそらく毎日数人レベルでいるのではと思いますし、観光シーズンになればさらに増える気がします。
駅近くでの用は午前中で終了し、終わった後は中華街方面を散策しました。駅を出てすぐのところには中華街の西陽門があります。
また、首都高下にバス駐車場があり、はとバスの2階建てバスのスカニア/バンホール・アストロメガが駐車してありました。
中華街は祝日ということもあって、やはり混んでいましたね。
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途中に開店前のフカヒレまんの店があって、そこの覆面レスラー風キャラがなかなか面白いので、思わず撮ってしまいました。
何だか昔のキン肉マンで読者が投稿した超人にこんなキャラがいそうですね。ゆでたまごや編集部の中の人たちがこれを見て採用してくれるかは分かりませんが。
そして、混み始める12時より前には店に入っておこうと思い探しましたが、既に長蛇の列ができている店も少なくなかったです。
そして裏通りに入るとすぐ入れる店も多く、そこにあるシンガポール料理の海南之家という店に入りました。
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食べ放題メニューの値段が掲示されていたので入ったのですが、平日限定なのか知りませんが全然値段が違っていたので食べ放題は断念し、普通のセットメニューの中から、「広東風チャーシューご飯セット」を注文しました。
海南鶏飯と同じような盛り付けで肉がチャーシューになるもので、ザーサイ、フカヒレスープ、小籠包、杏仁豆腐がつきます。
小籠包は遅れて運ばれてきました。
ご飯が甘めの味付けなので不思議に思ったのですが、海南チキンライス用の鶏肉を煮込んだスープで炊いているためらしいです。
また、店頭に安い値段で掲示された食べ放題がないのは炎華落としかコブラツイストものですが、隣の席に整形前のスザンヌみたいな人と某G氏っぽいピンク髪の女子プロレスラー系とスターダムの女帝もとい土屋太鳳の物真似をする丸山礼か舞華みたいな人が来ただけに、思わず「美味しかったお」。
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食後はまず近くの関帝廟に行き、その後に媽祖廟に行きました。
なんと3月20日はちょうど媽祖祭の日で、媽祖廟が開廟してからちょうど20周年という大きな節目の日でもありました。
実に絶妙すぎるタイミングでここを訪れることができたのは、ある意味これも何かの縁でしょうか。
媽祖祭ということもあって、巨大なテーブルにお供え物がずらりと並んでいて圧巻でした。
また、媽祖廟の裏にはおそらく寒桜の一種かと思われる濃いピンクの桜があって、これまた絶妙すぎるタイミングで満開になっていました。
その後は中華街を散策しながら石川町駅に向かいましたが、中華街の店舗などは中華ファンタジー調というか独特なデザインの建物が面白いですね。
まだまだネット上で公開できるような出来ではないのだけど、最近になって和風とか中華風ファンタジー調建築のイラストにハマり始めていて、それを描く際の参考になりそうです。

中華街を散策した後は根岸に移動。
以前より近々行こうと思っていた横浜市電保存館に、この機会に行くことにしました。
市電保存館へは根岸駅から歩こうと思えば歩ける距離なのですが、ちょうど市電保存館行きのバスが来ていたのでこれに乗車。
横浜市営バスに乗るのも久々ですが、横浜の風景をイメージした柄のオリジナルのシートモケットが面白いですね。
市営バスの車両が引退後に他社へ中古車として売却されるケースもよくありますが、座席のモケットがそのままということが多いので、地方都市のバスでこれに遭遇すると、これで一発で元の所有者が横浜市交通局だというのが分かります。
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市電保存館は市営バスの滝頭営業所内にあり、ここはかつて市電の車庫や工場が設置されていた場所とのことです。
入口入ってすぐのところには1500型のマスコンハンドルや523号車のプリクラ写真機が設置されています。
なお入館料は300円ですが、市営バスを利用して来館した場合は100円引きになります。受付で伝えるとカード利用履歴を調べて確認し、割引料金で入場しました。
保存車両は6両あり、一番手前のものは500型です。
1928年(昭和3年)製造で、台車が今の主流のボギー車(前後各1台ずつ台車を配置したもの)ではなく、中央に1個だけ台車がある「単車」(いわゆる同音異義語でバイクではない)と呼ばれる形態になります。
次に見たのは1000型で、こちらは後年の車両と同じボギー車なので一見500型より新しく見えますが、500型と同じ製造年でした。
したがって木製で、木の内装や昔の家みたいにガラガラ音を立てて開閉する木のドアが特徴です。
そして路面電車では珍しい(?)3ドアで、やたら幅の広い中扉があるのもポイントです。
次いで1936年(昭和11年)製の1100型を見ました。こちらは横浜市電で主流だった前後扉になります。
次いで終戦直後の復興期に登場した1300型を見ました。戦後の輸送量急増と物資不足の時期に急増されたものだったので、やはり質より量を重視の簡素な設計だったそうですし、輸送量の急増という時代背景もあって3ドアを採用しています。
その後は横浜市電最後の新車となった1600型を見ました。
展示車両唯一の前中扉で、前後とも4枚折戸というのがユニークな車両です。当時の市電は前後扉が主流だったこともあったほか僅か6両の少数形式だったこともありワンマン化対象から外れ、早くに全廃されてしまったとのことです。
旅客車両の最後に見たのは1500型で、比較的新しかったのと横浜市電標準の前後扉だったことから、市電全廃まで活躍したとのことです。
そして一番最後に展示されていたのは、電動貨車の10号です。決まった形式名はないそうで、ウィキペディアにも「横浜市交通局電動貨車」と書かれています。
この車両は戦後に保線作業用として古い旅客車両を改造して作られたもので、市電全廃時の花電車を務めた車両とのことです。
なお、この手の路面電車の電動貨車というと保線などの事業用「だけ」に思えますが、横浜市交通局では実際に貨物輸送が行われていたそうで、かつて山手にあったキリンビールの工場からビールを輸送するのに使っていたそうですが、関東大震災後に貨物輸送は廃止されたとのことです。
この展示車両は戦後に改造されたものなので、ビール輸送に使われた実績はありません。
展示車両を見終えた後は、写真などによる市電の歴史に関する展示を見ました。
古い写真などの貴重な資料は見応えがありましたね。
そして歴史に関する解説の終盤には、市営地下鉄の計画に関する展示があり、当初は4路線が構想されていたとのことです。
1号線と3号線は現在のブルーラインの大部分、4号線は当初計画とだいぶルートが異なっているも一部区間は今のグリーンラインですが、2号線(神奈川新町〜屏風浦)だけは完全に計画倒れに終わっています。
次いで鉄道模型の展示を見ました。
横浜市営地下鉄の1000形から3000N形までの車両の模型はあるも、それ以降に登場した新型車がありませんね。
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また、鉄道模型のコーナーには「吉村コレクション」という名称で、故・吉村栄氏が作って寄贈した模型が沢山展示されていて、これもなかなか見応えがありました。
しかも、代表的な旧型国電の一つである70系の中でも1等車(現・グリーン車)のサロ75を格下げしさらに先頭車化改造したクハ75しかも新潟色というかなり特殊な仕様のものだったり、元々は蓄電池機関車AB10として作られ後に電気機関車に改造された凸型電気機関車のEB10、電気機関車が国産化される前にサンプル的に米国から輸入されたED19(旧6010型)といったかなりマニアックなものが点在するのが印象的でした。
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また、最後にもう一度市電車両の展示を見て、その際にシミュレーターを眺めていたのですが、この制作元がトヨタ関係なのかは知らないけど、映像中のワンボックスが全部ハイエースなのは特に何とも思わないけど、セダンが何故か全部オリジン(2000年頃に台数限定で販売された初代クラウンをイメージした観音開きドアのセダン)風なのが非常に気になって仕方なかったです。
市電保存館を見終えた後は歩いて根岸駅へと戻りました。
途中に禅馬というバス停があり、なかなか神秘的な名前なので気になっていたのですが、調べたらこの辺の旧地名で、16世紀まで領主であった平子氏の「平子郷」に含まれ、現在の磯子周辺を指した地名とのことです。
また、途中で手書きの中浜稲荷神社への道案内を何ヶ所か見かけたので気になって向かってみたところ小さな稲荷神社がありました。
神社内にはセルフでのお祓い棒やおみくじやお守りの無人販売などがあったのですが、どうやら4年くらい前まではきちんと売っていたようだけど今はおみくじやお守りの箱はすっからかんで埃も溜まっていて、残念なことに荒廃していました。
もしかしたら、管理する人が亡くなったりで放置されたままになっているのかもしれません。
また、この神社のそばには寺のような造りの建物と一般住宅っぽい部分が増築された蔵がありましたが、一般企業か何かみたいで、寺などではなかったです。
その隣には公園があって、その先に小さな神社があり、石がだいぶ風化しているので相当な年代物と思われましたが、こちらも残念ながら最近全く手つかずの様子でした。
その先には掘割川があり、それを渡った先には八幡神社があり、こちらはそこそこの広さのある神社です。
ここから根岸駅に向かう途中の細い路地に、おそらくかなり昔の建物かと思われる謎の小さな洋館を発見。
かなり幅の広い玄関に注連縄が付いていましたが、一般住宅なのか何らかの宗教施設の類なのかは不明です。
なお、この周辺一帯は根岸飛行場跡とのことで、戦時中のごく短期間ではありますが、ここからサイパン経由パラオ行きという飛行艇による民間航空路が開設されていたとのことです。
ちなみにご存じだったり覚えている方がどれだけいるかは分かりませんが、スカイマークやエアドゥなどが新規参入した1990年代の航空の規制緩和時に、「横浜国際航空(エアヨコハマ)」という会社が設立され、横浜と小笠原を飛行艇で結ぶという構想がありました。
みなとみらい21地区か八景島シーパラダイス周辺の海面での離着水を想定していたそうですが、東京都、小笠原村、運輸省(現・国土交通省)との協議を行なっていなかったり、小笠原村からも全く相手にされなかったり、使用を想定していた飛行艇が定期航空路の旅客機として使うには型式取得の面で難があったなどで頓挫し、会社自体もすぐに潰れてしまったそうですね。実現していたら面白そうな気もしますが。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1)http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/29718987.html
(2)http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/29719071.html
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