小惑星「吉川経家」命名、秀吉が兵糧攻めにした440年前の鳥取城主
https://news.yahoo.co.jp/articles/a9d89a0d05d5249a5b882dea5467024258433475
・鳥取城攻防戦で、城兵の助命を条件に切腹した吉川経家。
・その経家の一族が家老を努めたのが岩国藩。
・経家の縁で 鳥取市と岩国市が姉妹都市となって今年で30年の節目。
・鳥取の天文施設が小惑星を発見。岩国との節目の年を記念して、小惑星を吉川経家と命名。
「小惑星・吉川経家」とかいうパワーワードに驚いたけれど、経緯を見ると納得しないでもない。
もうやめてくれ…地獄を見た城主の決断と悲惨な最期とは
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f88959eb53dd456f7421a46684a343bb9397816e
>鳥取城主「山名豊国」は我が身を優先し、家臣・家族・民を見捨てて自分だけ降伏してしまった
今回のニュースに合わせての吉川経家を紹介する記事なのだけれども、豊国は自ら城を捨てて出ていったわけではなくて、毛利派の家臣に城から追放されたという形。記事の性質上 経家を義将として描きたいのは分かるのだけれども、そのために豊国を必要以上に貶めることもないのではないかなと。これで記事書いている人がエキスパート認証されてるというのも、何とも言えない気持ちになる。
しかし、もし豊国が鳥取城を維持できていたとしたら、鳥取城を挟んでの毛利と羽柴の対陣もなかったし、毛利との決戦のために秀吉が信長に援軍を頼むこともなかった。信長が毛利に向けて軍を動かさなかったら、京都が手薄になることもなく、本能寺の変も起こらなかった。そう考えると、追放劇が歴史に与えた影響は大きかったのだなと。だから秀吉も豊国をお伽衆として扶持与えた…とまでは言わないが。
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