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2025年08月07日18:25

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幸子

若い頃に書いた小説を投稿します。

僕の初期の作品です。

三年前に主人を失くした未亡人の女性のお話です。

興味のある方はどうぞ...。

それでは始まります...。



 幸子が未亡人になってから三年になる。三十五歳になる幸子が主人を失ったのが三十二歳の時だ。子供はおらず養子だった主人の克己を失った幸子は三年前に再び両親との三人暮らしに戻ったのだった。
克己は過労からくる脳内出血を起こし職場で倒れ次の日の朝方、病院のベッドの上で幸子と幸子の両親、克己の両親の見守る中、命を落とした。

幸子はいつもの様に克己の写真が飾られてある仏壇の前で長い間、目をつぶり手を合わせてから縁側に座り、庭を見つめて半ば放心していた。
「克己さんが亡くなってからもうずっとそうね。克己さんも幸せな人ね」
幸子の傍に歩み寄ってきた幸子の母がそう話し掛けた。
「ふん」
幸子はいつものようにそっけなくそうとしか言わない。
「何か習い物でもするかい?お友達ができるかもしれないよ」
「ふん」
「あんた克己さんばっかりだったもんね。ふふ」
幸子の家で静かな午後の時間が流れていた。

夜になり幸子の父が帰宅した。
「ただいま」
幸子の母にまずそう言い、
「ただいま、幸子」
続いて幸子にそう言った。
克己がいなくなってしまってからというもの幸子達は完全な元の親子に戻ってしまった。
食卓では幸子の両親がぼそぼそと話をし、幸子はほとんどテレビをぽかんと見続け、時折、父か母のどちらかが幸子に話題を振り、幸子がそれに答えまたテレビに戻るという幸子が結婚する前ずっと繰り返されていた光景が再び戻って来ていた。
「幸子、いい人はまだ出来ないかい?」
父が優しく微笑みながら口を開いた。
「いませんよ。ほとんど家にいるんですもの」
母が口を挟んだ。
「克己君が忘れられないかい?」
父は続けた。
「忘れてないわよ」
幸子はそう言った。
「そうか。ふふ」
父は微笑んでコップに注がれたビールを口にした。

翌日、幸子は図書館へと自転車を走らせた。
午後を少し過ぎたばかりの図書館には人も少なく幸子は自然の風景を集めた
写真集を手に取り誰も座っていないテーブルを独り占めにして写真集をめくりだした。
半年ほど前から幸子は午後を過ぎた頃、時折、一人でここにやって来る。
幸子はしばらくあくびをしながらその写真集を眺めていた。
幸子はふと隣のテーブルで熱心に本を読む一人の青年に気付いた。
二十歳くらいの学生のようだった。その青年も幸子と同じようにテーブルを独り占めしていた。
幸子は横目使いにその青年を見つめだした。
しばらくすると青年は幸子の視線に気が付いた。
「どうしたんですか?」
青年は少し驚いて小声で幸子に尋ねた。
「何読んでるの?」
幸子は青年の問いを無視して言った。
「小説です」
「小説?」
「ライ麦畑でつかまえてっていう思春期から青年にかけての心境が主人公を通して
よく書かれている……。サリンジャーっていう人が作者の……」
「そう、ここにはよく来てるの?あまり見かけたことないけど」
「ここに来始めたのは最近です。学生で時間があるんで本でも読もうかと思って」
「学生?大学生なの?」
「はい、この図書館から少し行ったところにあるHBD大学っていう大学です」
「ああ、知ってるわ。私の家からも近いわ。何年生なの?」
「二回生です」
「じゃあ二十歳かしら?」
「そうですね。今年二十歳で来年成人式です」
「ふふ、来るのはいつもこの時間?」
「はい、そうですね。いつもこの時間です」
「そうなの。じゃあ私はそろそろ帰るわね。また会えるといいわね」
「はい。さよなら」
幸子はそこまで話すと写真集を元の場所に戻し図書館を後にし家へと自転車を
走らせた。

家に帰り鼻歌を歌う幸子に母が話し掛けた。
「幸っちゃん、今日はご機嫌ね。何かいいことあったの?」
「別に」
そう言って幸子は自分の部屋へと入って行った。
幸子はベッドの布団の上に寝転んだ。
そこでさきほどの青年のことを思い返していた。
そしてまたあの時間に図書館に行こうと考えていた。
しばらく青年のことを考えていたが幸子は眠ってしまった。

幸子が目を覚ましたのは次の日の朝だった。
目を覚まし台所に出てきた幸子に母は笑顔で話し掛けた。
「幸っちゃん、よく寝たわね。何回起こしても起きないんだもん」
「うん」
幸子はもう頭はすっきりしていたがぼんやりとそう答えた。
「朝御飯はたべるの?」
母が聞く。
「お昼と一緒でいい」
幸子はあくびをしてよそ見しながらそう言う。

午後になり母とお昼御飯を食べた後、昨日と同じ時間に幸子は再び図書館へと
自転車を走らせた。図書館の部屋の扉を幸子はドキドキしながら開けた。
部屋に入った時には幸子の顔はいつもの少し呑気なような不思議なような
顔に戻っていた。
昨日と同じテーブルにあの青年は座っていた。
幸子は昨日と同じテーブルの同じ場所に座り青年に話し掛けた。
「こんにちは。また会ったわね」
青年は突然やって来て突然話し掛けた幸子に少し驚きながら こんにちは と
答えた。
「また読んでるの?小説。セリング?」
「サリンジャーです」
「面白いの?」
「面白いですよ。」
「今日もがらがらね。ここほんと人来ないわね」
「その方が静かで集中出来ていいです。僕は」
「私幸子っていうの。あなたは?」
「今泉一です」
「そう、今泉君なの」
「はい」
「あなた本が好きなの?」
「好きですよ」
「あなたガールフレンドいるの?」
「いないです」
「あっそ。ここってあんまり本置いてないわよね」
「そうですか?それなりには揃ってますよ」
「そうなの?学校は楽しいの?」
「楽しいですよ。学ぶことも多いし」
「学ぶことって?」
「友達関係とか、色々です」
「そうなの。私専門学校行ったけどあんまり楽しくなかったなぁ。学校って楽しいもんなの?」
「楽しいですよ。僕は」
青年は少し口を尖らせて強めに言った。
「私三年前に主人を亡くしちゃってすごく寂しくて……」
「そうなんですか。それは辛いですね。こんなことしか言えないんですけど……」
「今泉君は何の勉強をしているの?」
幸子は少し姿勢を正して言った。
「経済学部なんで主に経済を勉強しています。幸子さんは何の専門学校に行かれ
てたんですか?」
「私声優になろうかなと思って声優になる専門学校行ったけどなれなかったし
ならなかったわ」
「そうですか。アニメが好きなんですか?」
「そうね。うる星やつらとからんま2分の1とか大好きだわ。高橋留美子ね」
「幸子さんって可愛い人ですね。失礼ですけどおいくつですか?」
「三十五よ」
「もっと若く見えますよ」
「ありがとう。何だか私こんなに話したの生まれて初めての気がするわ。
どうしてだろう。結婚してる時でも主人とこんなに話したことないと思うわ」
「僕も幸子さん凄く話し易い気がしますよ。何だかもっと色んな話が出来そうな気がします。ここにはまだまだ来るんですか?」
「そうね。もっとあなたと話してみたいわ」
「僕は来る時はいつもこの時間なんで」
「わかったわ。私もこの時間にしか来ないわ」


こうして二人の秘密の時間が始まった。

今年38歳になる幸子には23歳になる主人がいる。
今泉一だ。
幸子が人生で初めて自分の我を通し手にした男だ。
幸子は今泉一を愛し今泉一は幸子を愛し今泉一の従順な性格は幸子の両親
にも快く受け入れられ幸子の家から消えてしまった火が再び灯ろうとしていた。




おわり
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