大坂夏の陣後、生き延びた3人の豊臣方武将のその後とは?
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/84ed0d703c20585737175387b1108681ec9906b2
>伊東長実
>長実は長久の子として誕生し、豊臣秀吉に仕えた
久しぶりの大門先生なのだけれども、さも常識のように伊東長実や長久の名前を出してきて当惑という話。
この伊東親子は「鎌倉殿」にも出てきた相模の伊東一族の中で 尾張に住み着いた一派。長久も元々は通字「祐」から「祐之」と名乗っていたのだけれども、信長の母衣衆だったときに偏諱を賜って長久。近江平定後、長久が秀吉軍団に所属したため、息子の長実もそのまま秀吉に仕えている。あとは記事にあるとおり
こんなマイナー武将出されても一般人分からないだろうと思ったのだけれども、確認したら「信長の野望 新生」に登場していた。スゴイな、今の信長の野望。
それはさておき大門先生。この手のコラムは大河に合わせることでビューアー増やすのが定石なのだけれども、「べらぼう」ガン無視でマイナー戦国ネタばかりやっている。昨年の「光る」の時にはチョコチョコと平安コラムを書いていたのだけれども、江戸文化だと筆が乗らないのだろうか。
来年になれば「豊臣兄弟」で独壇場なのだけれども、このペースで戦国ネタばらまいて来年までネタが残っているのかと。まぁその頃には「どうする」の時のコラムとか消えてるだろうから、また書き直せるだろうけれど。
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