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2024年10月31日09:37

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違いを見極める。

HImaP&Σ 取締役代表 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年10月31日(木)日本時間、AM8:45、北海道紋別市。

若い人と中年期。

人にも成長や考え方は年齢に比例するものではない。経験とその人間の性格的な性質によるもの。

ただ、若い頃と中年期であえて分けるとなると。

若い頃は物差しがない。自分自身に何が必要で何を求めてるのか?それを深く自分自身を理解してなかったりする。

だから他人評価を気にして、自分自身が何を気にして、何を気にしてないか?それを学ぶんだ。

だが、それらの基準値がだいたいわかり、自分自身というものを確立して自分自身でも理解が及ぶ中年期には。

確固たる自分自身を持ってるので、他人評価で生きず、自分評価で生きる、良い意味で自己中心的な思考で生きるようになる。

ただし、そうなって行くことで自我や性質の悪さで嫌われるような状態になる人も多くいるが。

前にも言ったように、嫌う、嫌われるってのは素晴らしい感情です。

自分自身に合わない人との差を分けるための指針になる感情です。

なぜか?本能的に自分自身と合わない人との察知や認知には欠かせないからです。

精神的に未熟だと嫌う人のことをどうにか変えたい、著しく自分自身に害を与えられてるわけでもないのに、嫌う人のことを懲らしめたいとか、思い知らせて仕返ししたいだのと、他人をことを強制的に変えようとする。

本当に多くの人の考え方で害があると判断された人は多分、強制的に罰が与えられ思考や行動に強制力の抑止を執行されるとは思うが。それは今は例外としよう。

だが、他人を思うようには出来ないだからこそ、もっと冷静に沈着にそれをもっと効率良く解決するには、その嫌う人とできる限り関わらない。無視、態度で嫌だと示す、関わりを無くすことに徹底してる。
自己中心的な行動でも、相手と距離を置く方法として、効率的な方法です。

嫌うってのは相手をよく理解して打ち解けてないって場合もある。それは何かの拍子にお互いをわかり合う機会があればきっとそれは解消する、誰か理解者の仲介が入ってとかね。

基本的に直感や接してわかる嫌う人とは価値観も考え方も違うので合わないです。接して会話してわかるはず。

なので合わない人と関わるだけ時間の無駄だし、思考にその人のことを固執して考えてる時間が無駄です。そんなことして苛ついても相手は変わりません。変わるのは自分自身の心の疲弊のみです。

ですので、自分自身も良い意味で自己中心的になることをお勧めします。

精神的に未熟だとその嫌う人のことをいつまでもずっと思考に住まわせて苛つき、自分自身が疲弊してしまうことを続ける自分を作る。自己を逆に傷つける自傷行為。

確かに一時、嫌いな人のことを考えてしまう苛つき思考に入ることは大勢の人間が同じで全く思考に入らないってことはない。
だが、長い時間その苛つきや嫌う人を思考に住まわせて、相手の思う壺のようにさせない。醜悪な悪癖の人を好きでもないのに、ずっとその人のことを考えないこと。
好きな人のことを優先的に考えていつもその人のことを考えることをお勧めする。
そうすると嫌う人は自然に側からも消えていく。いや、自分自身から嫌う人からしっかりと離れて行くのが正しいかな。

そう、若い頃はそういう物差しがわからなかったりする。本当は若い頃とか関係ないんだけど。(笑)

そして、自分自身の思いどおりに思考をねじ曲げて人を操り、ストレスを生ませ、人を動かそうとする人には注意しよう、そんな人とは離れろ。

そうじゃなく、正しい心が爽快で嬉しくお互いにそう思うからそう動きたいと思わせるような心理的結びつきで相手が望んで動くように人と関わるのが、善良で素晴らしい人です。

その違いは年齢に限らず、善良な性質の性格の人と、醜悪な悪癖の性格の人と分かれるだけ。

悪癖の人は悪癖だと指摘しても開き直り治すことはない。
まー人は治せないところは性格とか、物事であるにしても、常識的なルールとか大勢が同じ価値観とかの中で、違うのはやっぱり共同に動けない、治せないのは難点かもしれない。

普通は例題として、体臭が臭いと言われれば気にして臭い原因を治そうとする。治せる部分はね。

でも、悪癖の人は体臭が臭いと言われても気にせず、治すこともせず、それどころかそう敬遠され怪訝されることを喜ぶ。それが悪癖。治せるところを治さないを徹底する。ネジ曲がった性根。

そういう些細なことなんだけどね。

身長が小さいから嫌いとか言われても治せないことは仕方ないでしょ?
毛深い人は汚いから嫌いとか。

よく恋愛の渦中にいる若い男女の気にするところ。

だけどね。中年期になると、そんな治せないところは気にしなくなる。治せるところの自分磨きだけするようになる。

それで、気の合う、性質の合う、その自分自身を好きになってくれる人を選ぶし、選んでもらう。

それでも選んでくれる人がいないと嘆くなら、もっとできる範囲での自分磨きをすればいい。必ず男女ともに理解して自分自身を好きになってくれる人がでてくる。老若男女関係ない話。

若い頃は誰でも異性の好きな範囲ではウェルカムスタイルで他人評価を気にするでしょ?
本能的なものなんだ。繁殖全盛期では人間もそうなる。

でも、中年期になると自分自身が確立していく。
好きになってくれる人だけを大事にする。

そうでない人は興味すら持たないし、他人評価すらもそこまで気にしない。

但し、自分磨きはいつまでも必要。清潔感でいること、不衛生な見た目や状態でいないとか。
エチケットを大事にする、ファッションをこだわるとか。
そういうのは他人評価ではなく、自己の磨きだからね。

若い頃は他人評価で自分磨きをする。

中年期には自分自身のために自分磨きをする。

でも、この渡部学の物言いは例題だからね。
実は若くしてそういうことをわかってる素晴らしい人間も多数いる。

中年期になってもそれがわからない人達もたくさんいる。

例題で若い頃と中年期と例えては言ってるけどね。

そういう話でした。
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