HImaP&Σ 取締役代表 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年10月27日(日)日本時間、PM3:18、北海道紋別市。
ども、学です。なんとなくです、なんとなくですが。
渡部学に執着心をもってもらえることは善良な心理的エネルギーの人達なら大歓迎ですが。
それだけじゃないみたいなんですよね。
やっぱり世の中にはたくさん色んな人がいる。
嫉妬心や悪意や害意、もしくは悪戯な意地悪とか嫌がらせして楽しく感じてしまいその行為を続けるような悪癖のある人達。
そういう人に指摘して関わっても無意味なもので、全くこちらの被害を喜ぶことはあっても、自身の心理的悪質を直すことはない。
仮に渡部学がそれだと誰かが言っても、世界中の多くは真実を知れば渡部学はそこまで誰かに被害を与えるようなことはしてないはず。
渡部学は未知の領域で本人が防げないような悪質な悪癖の行為をたまにわかってしまう。
どういう感情でそれを行ってるかはわからない。
違いは、渡部学なら、嫌なら関わりを絶ち切る努力をする。関わってもお互いに心理的に被害にしかならない争いになるから。
だけど、特定の悪癖の人間は相手が嫌がるのを喜ぶかのように執拗に粘着な性質で固執して率先して関わってくる。
渡部学が色んなところに記事を載せるのは悪意や害意はない。多くの人がSNSでそれを載せても、見ないか、無視すればいいだけのものである。
だが特定の人間にはそれを嫌なことを執拗にしてくると指摘してそれを理由にして、また嫌がらせや攻撃する理由作りしてくる始末。
そういう人は、渡部学と同じような価値観の持ち主なら同じ考え方に行き着くのに、そういう悪癖の人間は関わることを無くせば済むことであることを理解出来ない。むしろ、関わりその人に被害があったことで喜びを感じて心を慰めるしかない状態をずっと抱え込んだ心の病のよう。
嫌な人のことを思考に留め、ずっと執拗に敵意を持ち続け攻撃的行動を延々としてくる。
結果は強制的なその行為や行動の抑圧的対応しか方法が無くなる。
関われなくする強制的な対応をそれとなく相手に危害を加えず行う。もしくは止む終えない時は攻撃的抑圧でしか抑止にならないこがある。それは正しい判断である場合。
それが最終手段にならざる終えない。
どうしてそういう性格と思考になるのか?
俺には理解が出来ないんだよね。
わがままに傲慢にそれが通せてきた人間だったのか?
反省や後悔や懺悔が全くないのか?
その心理的強いエネルギーをなぜ悪意に注ぐのか?
心理的強いエネルギーを善意として昇華させれないのか?
渡部学には理解に苦しむ。理解出来ない。
そういう人にはこんなことを書いても、言っても、理解はされないし、治らない。
この記事を読んで理解し賛同して、共感できる善良な人間しか結局、この内容書いても意味があるのは、そういう理解者のみなんだと心底思ってる。
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