『どうする家康』は“史実を守った”ドラマ? 脚本・古沢良太が明かす最終回に込めた思い
https://news.yahoo.co.jp/articles/dc94588869da6bf6a3268ca3e2a46ad1757a201e
>全48回もあったらいろんなことができるなと
で、忍者やLGBTといった遊びの回を入れた という話。まぁ遊び入れてはいけないなんてことはないのだけれども、家康のような描かなければいけないことが多い人物が主人公の大河で それは無謀だろうと。
>考証の先生方の意見も最大限取り入れることにしていた
確かにいないはずの人間は描かなかったのだろうけれど、本来いるはずの人間も描かなかったせいで、重要なエピソードが抜けたり、登場人物やエピソードが後から生えてくる みたいなことになったのではないだろうか。
>家臣たちとの絆であったり、家族との物語が大事
その割には、秀忠以降の沢山の息子たちや、その息子たちを産んだ側室たちが描かれていない件。側室も一人づつ代替わりしていくような感じなわけで、現代的な一夫一妻以外では家族をイメージしづらい人なのかもしれない。
脚本・古沢良太「ここまで可哀そうな人になると思わなかった」
https://www.cinematoday.jp/news/N0140323
>勉強しなきゃいけないことが想像していた以上にめちゃくちゃあるとわかった
>でも放送は始まっているし、撮影も追いつかれるし……
勉強不足に気づいたときにはすでに撮影スケジュールに追われていた…なのだから、最後までろくに勉強できなかったのではないかなと。マツジュンのシナリオ介入が事実であれば、その対応にも追われるのだから、なおのことだろうと。
古沢が「どうする」の脚本担当に決まったのは21年秋。直後の21年冬から22年春にかけては「レジェンド&バタフライ」の撮影があって、22年6月からどうするの撮影が開始されている。徳川家康の生涯を描くには準備期間が足りてなかったかなと思わないでもない。
まぁ「レジェンド&バタフライ」は信長と帰蝶の話ということで、「同じ戦国が舞台なのだから知識は活かせるだろう」というのはあったのかもしれない。しかし、信長は家康の生涯の前半分しか被っていないし、その後に社会は大きく転換していくので、信長時代までの知識だけでは不足だろう。
さらにレジェンド&バタフライは、かなり荒唐無稽な話なのだけれども、「ラブストーリーメインのオリジナル映画だから」ということで許容されていた感があった。あれで古沢が「時代劇はこのくらいの緩さでも許されるんだ」と勘違いした可能性もありそう。
レジェンド&バタフライが入ってない状態での古沢だったら、もっと別のシナリオもあったのだろうか。タラレバでしかないけれど。
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