HImaP&Σ わたなべまなぶ
2023/03/21 18:22
【物分りが多くなった大人】
物分りが多くなると、物分りがまだ未熟な人達にはその考え方や観点が理解出来ない。
わたなべまなぶもまだまだ物分りが多いわけではない。
だけど、物分りは多くなってきてる歳でもある。
投稿を色々見る。色々観ると、コメントを観ると、皆さん、簡潔にことの内容をスパッとさらっと言ってる。第一印象のようなことを簡潔にね。
ところがわたなべまなぶは物分りがまだ未熟な部分があるから投稿内容の正解例を探し、事細かくコメントし長いコメントになる。
だが、投稿ではそういうものを求めてるわけではなく、開口一番の瞬発的な軽い発言をする場所である。
わたなべまなぶはいつも長いコメントばかりか、まとめ方も下手。
自分自身の考え方を主張したいがゆえに長く心情をコメントすることが多い。
話は少しそれて
でも、わたなべまなぶは物分りも少しずつ経験してわかる歳でもある。
言葉を選びたいが、どう言えばいいか?
考え方の視野がまだ未熟な人間、もしくは浅はかな考え方の人間。
そう感じることもあることは多々ある。
だが、最近は思う。正論と結論は自分自身の中で決着がついてることがあることでも
たまに、相手側の内容や状態や言葉の意味や感情や出来事がわかるゆえに、理解してしまうから、そういうこともあるよなー。って同感して、決まってたはずの正論と結論も揺らぐことがある。
例えば、人殺しは問答無用で悪事で犯罪。
それは多くの人が正道だと思う審判。
だけど、わたなべまなぶはその内容だけを聞いても判断付かないようになってる。
それはそこまでに至る経緯だ。
経緯とは結果を判決するに至るのにとても重要な部分。
人を殺すのは悪くても経緯が悪質な場合、情状酌量の余地が生まれてくる。
人間としてそうなってしまわざるおえない内容や誘導、誘発の経緯があるとわかったら。
審判の判決が変わる。
こういう例題があるように。
物分りするってことは、二者択一の内容でも、二元論的内容でも、両極、陰と陽など。
わたなべまなぶが片方の意見を取り結論として決めていても、反対側の意見も自分自身で理解できる自分自身がいる。
わかりやすく言えば、対立する側の気持ち、考え方。敵対する側の気持ちや考え方。
その人の思考回路に寄り添うと自分自身もそうなるかもなっていう不思議な複雑な理解力が生まれてくる。
物分りがいいってのは相手を理解すること。
物事の全容を見通す力だと思う。
わたなべまなぶも未知の領域とか認知し理解しててもまだ全容がわからないことはある。
だが、しかし、未知の領域を理解し出したことで、一般人の内容を見透かすことが多々ある。
そういう物分りの自分自身が居るときがある。
だから、この歳になり、ようやく
理解出来ない側の立場の意見と理解し物分りして全容を把握してる側の意見とがあることが自分自身で体感してる。
逆にわたなべまなぶより全容を知ってる人達にはわたなべまなぶが理解出来ない側の意見として、わかってる側は見透かしてるんだろう
それがわかってきた。中間の人間。
何を伝えたいか、わたなべまなぶの文章でわかりますかね?
別に特別なことじゃない。
色々な事を経験し熟練した人間から、アドバイスされることは世の中に生きてればみんな経験あるだろう。
心理的な部分とかなぜわかったの?みたいなことや。
言ってもいないのに自分自身の状態を言い当てられたり。
そういうことは全容を知る人達が出来る物分り。
SNSの管理会社の総合情報管理してる人達も同じ。それを使ってるだけの一般人と情報量が違う。それゆえにわかることもあると思う。
そういう色々な場面と状態での物分り。年齢と経験で得てるステータス。
わたなべまなぶは偉そうなこというけど。そういう物分りというか、見透かすことが最近ありまして。
よく投稿のコメントしてても感じます。
未知の領域とわたなべまなぶが言う内容も結局、信じられない、体感できない、嘘だと思ってる人達にはわからない域でわたなべまなぶは生きてること。
その逆もあること。が頭脳で見えてきてる。
そんな今日このごろ。
物分りが多くなった中年おじさんのまなP。若者達の討論に少し浮いてしまう。
おわり
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