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2022年12月29日14:03

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渡部学の持論。心の幸せ者を増やす拡大大作戦。

HImaP&Σ 渡部学
2022/12/29 13:08

Ryo The SKYWALKER
Marching For Freedom

善良な人間こそ本当の強さと権力あり。と最近では渡部学は思うのよ。
善良のための必要悪は、悪とは言わないから。それをごちゃごちゃにしたらあかんよ。

恩師達の記憶に強く残った名言2つ。

【人生は今しかない。】と【幸せなやつに勝てるやつはいない。】

本当にそうなんだよね。簡潔にして人の人生を全て集約した言葉。

人生はどうやったって、今の連続で大事なのは今なのよ。今の進行形。未来や過去が大事なのは今の積み重ね。今が不幸にならないことが一番。今を生きるって単純明快で、本当に不思議なもので、どこで自分自身の人生が狂って不幸になるのか?それはたぶん目に見えてない人々の心理のエネルギー集合のようなものがそれを作っていく。幸運も不運もたぶん自分自身の見えてない人々のエネルギーの塊なんだと思うのよ。

幸せに勝てるやつはいないってのは、感情や心理や状態が幸せなやつってのはその状態や環境がその時は盤石であり、誰も揺るがすことができない。
悪口を言っても幸せな感情なやつはそんなのは受け流す。

ただし、悪意を持って攻撃して、虐めや恨み、憎しみを持って幸せなやつを不幸にするのは

幸せなやつが負けたわけじゃなく、不幸な感情を持つやつに巻き込み事故と同じ。

突然事故を相手から起こされるようなもの。犯罪行為に近い。

それを含めない。

だって攻撃や犯罪行為は勝ち負けでなく、攻撃や犯罪だから。戦争や敵対立と同じもの。勝ち負けというより共倒れ。どちらも結果被害になるもの。攻撃や犯罪をしたものも敵対すれば自分自身の自因自果で自分自身を被害にするような自虐行為。それが戦争。なんの得にもならない。

幸せなやつには、不幸なやつの感情を持ったやつは勝てない。
そう思うんだよね。作る世界観も関わる世界観も幸せなやつと不幸なやつとでは全く違う結末を作る。

渡部学は幸せな生活してるけど。

未知の領域と呼んでるもの。タイムリープ、タイムトラベル、飛び回り性格に影響を与える人格、意識、記憶を完全に乗っ取る誰かの人格、姿を別人に見えるようにする技術、脳を操る洗脳操りの技術、肉体を複数持ち記憶や意識連動させれる共有できる同一人物もしくはテレパシスト。

これらも未知の領域と渡部学が呼んでいて、これらの未知の領域行使できるとしても、人間には変わりなく、一つの性格や人格で構成された人間に過ぎない。

同じ人間なら話は、ここで書く心理面や生き方は当てはまる。

未知の領域ではなく、現実的なサイバー犯罪やプロの犯罪組織やプロの犯罪テクニックを持つ人間もそう。技術の使い方なんだよね。生き方。

同じ人間なんだ。

当てはまることは

幸せに生きてる善良な人間は人を惹きつけて止まない。
幸せを広めて相乗効果を作り、どこへ行ってもその集団と地域を善良に変えていく。心の強さを持つ。

でも、不幸な人は、悪心を自分自身でもう治す気がなく、治すきっかけもなく生きてしまい。悪人として開き直る。
人に害をなすことしかやらず、嫌がらせや仕返し、復讐などを相手に執着し、固執して、場所や環境を変えても敵対や争いをして、集団や地域を荒らし、人格や性格を人々を荒らしていく。

メールや電話のなりすましもそう。情報管理し、情報操作できる技術やシステムを持ってもそう。

幸せなやつが使う使い方と不幸なやつの使い方が真逆。

その生き方の違いがあり過ぎる(笑)

渡部学は思うんだ。本当に権力や実力や心の強さってのは

結果は善良な人間には敵わない。

悪人が権威を誇ってる地域は悪人が強いのはただ悪事と環境と持ってるシステムや組織力が強いのかもしれない。
でも、本来の善良な人間としてのステータスが欠けた出来損ないがお山の大将気取ってるだけのように思う。

世界は善良が勝ってると思う。

善良のための必要悪は悪じゃない。これは例外。

どんなに凄い権威や権力があっても

対照的なこの生き方2つで勝ってるのは
幸せな感情で幸せを広める方の善良な心の人間だろう。

これはあくまで渡部学の持論。

全容なんてわからないけど。きっとそうだと思う。

この世はどんなことしたって人間の枠から出れない。同じ人間なら最終は感情=心、性格や人格、行為、行動、生き方、考え方。

それらが善良なものが強いはず。そういう人を幸せ者という。

そうじゃない低俗で低能な人間は敵意、恨み、僻み、悪意を持って行動して考え方も行為も人格や性格もどんどん悪辣になるだけ。
結果的に自因自果を招き、自分自身を苦しめる。
自分自身を苦しめる行為に気付けないで今を積み重ねていくうちに自分自身の質を落としてく。

結果はさ。結局強ければ最悪で悪意で悪辣なら、低能で低俗でも強さで生きれる。

ただ人間の質を考えると惹かれはしない。

善良な人間はみんなから惹かれる。その違いは大きい。

別に悪人だから悪いってわけじゃない。世の中には上手い悪人が居て、誰からも好かれてる惹かれるのに裏で悪事をしてる人間も強さがあればいるかもしれない。

その先強さを保てればそれでいい。強さが保てなくなると、たちまち崩れ落ちる。

だが、善良だとたぶん救いの手があるような気がする。わからんけどね(笑)悪人が悪人を蹴落としたら、結果は善人には救いの手はないかも。善良のための必要悪が発生すればそれはやっぱり善良が勝つのか?

世の中を生きるならどっちが正しいのか?

渡部学は下層階の人間。全容を上位から見てないからこういう持論。

実際のところどちらの生き方が勝つかなんてのはわからんけどね。

同じ人間なら渡部学は善良で幸せでいれる感情で幸せを教授できる人生でいたいよ。

強さを得るために必要悪と称して、悪事で実権を得てるのがこの世の人類の王か?
そんなことはわからんけどね(笑)

でも、それならもっと世の中荒れてるはず。

おわり
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