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2022年12月11日11:26

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文オウ(文欽の子) の雑感

文欽は父親の代から曹操に仕えている武官で、曹爽と同郷。能力はあったものの、口も性格もアレであったため、しばしば問題になったが、曹爽が口を利いてくれたので大事には至っていなかった。しかし、司馬氏によるクーデターで曹爽が殺害されると、さすがに将来に不安を感じるようになって母丘倹と共に反乱を起こす。

文オウは文欽の次男。文欽が反乱を起こすと共に参加し勇戦。その軍略も確かで、しばしば父に献策するが受け入れられずに、反乱は失敗。父とともに呉に亡命。

諸葛誕が司馬氏に反乱を起こすと、呉は援軍として文欽親子を派遣。ここでも文オウは勇戦。しかし諸葛誕と文欽は元々仲が悪く、ほどなく互いに疑心暗鬼に陥り、諸葛誕は文欽を殺害。父の殺害を知った文オウは司馬昭に降伏し官爵を得る。

こうして魏→晋に仕えることになった文オウは、後に異民族討伐で活躍。しかし、かつて司馬氏と敵対した経歴が祟ったのか、司馬炎から一方的に毛嫌いされて、あっという間に干される。さらに司馬炎死後も、王室内の内紛でたまたま権力を握った側に諸葛誕の親類がいたため、またしても昔の遺恨が持ち出されて、文オウは処刑された。


文オウは三国志7の頃は武力72程度だったのだけれども、最近の14では武力91。まぁ演義で「趙雲に匹敵する」という記述があったという話なので、そっちに合わせたのだろう。全く面識のないはずなのに、なぜか趙雲と親愛関係というのがネタにされている。

最近書いている「FIFAランキングを三国志14の武力ランキングに当てはめる」みたいな日記。文オウに当てはまるモロッコは快進撃を続け準決勝進出。準決勝の相手であるフランスは、三国志の武将ランキングだと「趙雲」に当てはまるわけで、ある意味で宿命の対決だよなと。まぁそうでなくても植民地対旧宗主国の対決ではあるのだけれども。

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