HImaP&Σ(ひまぴーあんどシグマorハイマップ&しぐま)創立者 渡部学(わたなべまなぶ)
2022/09/14 22:14
こんな夜にふと思ったんです。真似るって人間の本能だなーって。
産まれてから人間は周りの人間を見て真似て成長していく。
それは子供だけでなく、大人になってもずっと影響が自分自身にあったもので真似る。
渡部学もまた真似て出来た人間であり、オリジナルでもなければ、在り来りなことしか書けない。新しい斬新なことなんてのは渡部学には無理だ。
でも、この世の中は通貨があり、お金という媒体(紙幣や硬貨、数字ある財産)があってさ。
生きてくためには自分自身の所持してるとか所有してるとか、オリジナルとか著作権とか、結局生きていくために必要な通貨お金が関わる。だからこそ目の色を変えて色々なことを自分のものにしたがるんだよね。
それは俺が考えたことだ。とか最初にやったのは私だとか、争うんだ。
でもさっ仕方ないよね。結局は特許も独占も利益や収入を増やすためだもの。
でも、そういう打算やお金に対して欲望渦巻くものでなく、渡部学はただ単純に人生を楽しく幸せに生きるためのお話をしてるだけ。
純粋に喜びある世の中にしたいだけ。
それが渡部学の創ったHImaP&Σなんだよね。
会社でもなけりゃ宗教団体でもない。いや、架空世界での活動理念で渡部学が勝手にやってるだけ。記事の内容に共感してくれる人達がいるだけで団体でもなく、集まりでもない。
なんならHImaP&Σなんて関係なく、渡部学の心情に共感した人達ってだけでいい。中には、HImaP(ひまぴーorハイマップ)やΣ(シグマ)に入ってるよーなんて人もいたり、いなかったりして。全て架空のSNSの空間のみのもの。
色々な記事を自分自身の想いを書き記してさ。エッセイっていうのか?ジャンルもわからないけど。
渡部学がさ。なんの変哲もない特に奇抜でも斬新でも新しくもない、在り来りなことを自分なりに語ってるだけ。
そう自分勝手に語ってるだけ。自分だけの日記に近いけど、こういう場を使ってる。ただそれだけ。
でも、たまに友人と夢を語るようなことも書いたりさ。
幸せをテーマにした活動理念こそHImaP&Σだから。
だから、渡部学のオリジナルじゃないとか、偽物だとか、私が先だとか、そんなことはどうでもよくてさ。
別に渡部学は現在は自分自身で使いたいだけの金は充分あって(世間から見たらその人の価値観でそう思えないかもしれないよ(笑))お金には困ってなくてさ。家族と円満な日々で、欲しいものは全て揃ってる。随時、欲しいものや食べたいもの、飲みたいものは手に入れてる。
特にだから利益がほしいわけでもない。お金はでも結局いくらあってもいいんだけどさ(笑)でもそのために記事を色々なところに書いてるわけじゃないんだ。
ただ渡部学っていう人間と幸せを共感したり、広げるための人生の遊びをしたいだけなんだ。
人間はさ。良いことは必ず真似るのは本能だから、真似るのは文化。
オリジナルや自分自身が発案したんだとか主張はきっと全て利得やお金絡みでみんなそうやって尖ってるだけだろ?
少しばかり話の路線は離れる。
渡部学は無職で透析患者だ。年金暮らしの隠居生活で若くして家族に養ってもらってる子供と同じニートだ。でも、毎日幸せで自由で欲しいものはなんでも揃ってる。
でもさ。今後、近い未来、いやまだまだ遠いかな。人型ロボットが自分自身の思考でプログラムで判断して人間のやるべき仕事をどんどんしていく。人型ロボットと言っても理想的な体型の人間に似せなくてもいい。人間のやるべき仕事に合わせた形態であればいい。あとは全自動運転機器などなど。
それらはこの近い近未来でもう今の現在でもどんどん進化していってる。
人間は通貨がなくなり自由に共存共栄できる世の中になるとニートは普通になるかもな。
でも、人間には無駄な必要ない欲がある。
通貨やお金が無くなった世界でも争うんだ。
自然界の動物のように(笑)
でも、人間だけが動物とは一線を引く知能ある生き物なのに、争うとは嘆かわしい。
路線は大きくそれたけど。そういうこと。
真似るは歴史そのものなんだ。
おわり
おまけ
上記の本編とは全く別の話で渡部学は別のSNSで良く記事にしててさ。
もう本当に何度も書いてるんだけど。
健康で居てピンピンコロリと死にたいよね。
渡部学は死にたがりではない。生きてたいんだよ。幸せ者で今は人生の幸せな日々をずっと継続中だからね。
でもね。透析患者だから悩みがあるとすれば【死】への内容。
確かに渡部学は今でも透析治療以外は健康で居れるのは不幸中の幸いでさ。
でも、ふと、脳卒中で倒れて半身マヒ不随とか障害が増えたり、病気がどこか悪くなって進行したりとか考えるとさ。
今の健康で居れる内に、幸せな充実してる日々の内に、寝てる間に安楽死とか肉体的苦痛とか感じる間もなく死ねるならいいなって思う。それが凄い死に方としてベストでさ。
病院通いすると見るんだ。
寝たきりになって肉体的に痛いとか言葉にも言えない衰弱して、でも意識ある老人とかさ。特別養護老人ホームの重度介助必要な老人とか痴呆症が進み自分自身や周りの人もわからなくなったり。そういうの見ると日本は安楽死を真剣に取り入れる努力が必要だと思う。
でも、間違いがないような特別な執行機関を創る必要がある。
人間は選べないのは生ある時と死ぬ時だ。
死に方は自殺する勇気ある人間だけは選べるけど、なかなか自分自身から死ねる人間はそういない。死期も選べるとしても熟考が必要だろう。
まっそんな話の日記というか記事でした。
これもまた誰が見ていて、見てないのか?
街に貼られたポスターのようなもんかな?
貼らないよりは少しばかりいい。
おまけおわり
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