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2022年09月11日22:28

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石川の旅二日目 奥能登の旅

ビジネスホテルはやし303号室は壁も薄くて、廊下や隣部屋の話声や、テレビの音も微妙に響いていた。
そんなホテルではあるが、満員御礼の盛況だった。
何だかんだで断眠しながらいつもと変わらない時間に目が醒めた。
近所のファミマで軽く朝食を取る。
7時過ぎにチェックアウト。
フロントは閉まっており、鍵を入れる箱だけが置いてあった。

七尾を7時41分に出る、のと鉄道の二番列車で穴水へ向かう。
早目に駅に到着したから、まだ列車が到着していない。
まなにゃーさんがサイトを調べて、この列車は花咲くいろはラッピング列車だと云うから、撮り鉄の準備をする。
7時22分、穴水からの列車が到着。
高校生などでかなり混みあっていたようだ。
なので、「花咲くいろは」ラッピング列車の他にもう一輛連結していた。
早速、撮り鉄をする。
JRの七尾駅の入場券も買って、反対側のラッピングも撮影した。
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穴水行きの列車はがらがらで、我々の他には一人しか乗客がいなかった。

七尾の次が和倉温泉。
能登一番の観光地でもあるが、朝が早いせいか駅構内はひっそりとしている。
乗車客もなくすぐに発車する。
ここから先が、のと鉄道七尾線。
和倉温泉から先、鉄道に乗車するのは1988年の8月以来。
この時、金沢から輪島まで乗車して七尾線を完乗した。
今は穴水から先、鉄道は存在しない。
和倉温泉を出て田鶴浜が近付いて来ると、田畑の向こうに海に浮かぶ能登島が見えて来る。
田鶴浜で七尾行きと交換。
田鶴浜を出ると海が近付いて来る。
能登島が影絵の様に浮かんでいる。
笠師保のホームに「いのちをぼうにふろう物語」と書かれた幟が見えた。
のどかに走る路線のカーブの先に、跨線橋を構える能登中島駅が見えた。
能登中島からは、能登島に連なる半島の付け根を縦断する。
美しい、能登の里山の風景が深い山へと変わって行く。
エンジンが唸りを上げて勾配を上がって行く。
木々が朝日に照らされてちかちかと反射して眩しい。
山を越えると、海が見えて来る。
そして、勾配を下り西岸に到着。
西岸ではのと鉄道の観光列車である「のと里山里海号」と交換。
そして、この西岸からは海に沿って走る。
遠くに能登半島と能登島を結ぶ中能登農道橋こと「ツインブリッジのと」が見える。
桜のトンネルで有名な能登鹿島を過ぎると、日本最古の漁法である「ボラ待ちやぐら」が見える。
海の中に櫓を組み、櫓の下には海底に張ったフクロ網を仕掛ける。
後は櫓の上でひたすら、ボラが網の上を通るのを待ち、網を通るとすぐさま引き上げると云う、気の長い方法である。

8時23分、穴水に到着。
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穴水で下車するのは、能登半島に初めて訪れた1988年3月以来。
この時は、穴水と蛸島を結ぶJRの能登線を乗り鉄、撮り鉄しに来た。
のと鉄道に移管される直前の春休みだったが、そこまで葬式鉄は沸いていなかった様に思う。
この時は、津幡から最終の七尾線で穴水に到着して、穴水駅待合室で駅ネをした。
他にも何人かの同志がいた様な気もする。
そう云う、想い出深い穴水駅だが、当時の面影は全く無かった。
かつて蛸島までの列車が発着していたと思わしきホームが残っていた。
そのホームには、当時のと鉄道ご自慢だったNT800形急行形気動車が、朽ち果てた様な姿で留置されていた。
急行「のと恋路号」用として登場した、ハイデッカーで前面展望が開けたパノラマ車輛は当時「私鉄の気動車では最も豪華な車輛」と唱われた。
しかし、今やその姿は色褪せ車体は朽ち果て塗料が浮き上がり錆びが出ている。
1988年の訪問時に、落成したばかりのNT800形を見ているだけに、34年の時の長さを、虚しさを思い起こさせた。

折り返し発車していく「花咲くいろは」ラッピング列車を撮り鉄して、改札を出る。
駅の案内所に、鉄道むすめがいた。
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そしてスタンプを押す。
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駅前に日産レンタカーがあるはずなのに、と思いながら駅構内の案内所に戻り、記念の硬券の入場券を購入していたら、傍らに「日産レンタカー」の文字があった。
業務を委託しているそうだ。
手続きをしてレンタカーを受け取る。
シャア専用の如き真っ赤な車であった。
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能登半島をレンタカーで走るのは、2007年12月23日に、にゃもえふ同志と輪島等を巡って以来。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=662509307&owner_id=5677348
この時は、金沢でレンタカーを借りて千里浜なぎさドライブウェイや能登島を経由して輪島を目指した。
もう15年も経って仕舞った。

レンタカーの時間は9時からなので、カーナビの設定等をしながら待つ。
ナビが設定した道は、国道249号線を走るルート。
穴水の町を抜けて国道に入る。
中居の辺りで海を眺める。
能登線の駅の跡などが見える。
能登線はここから海岸に沿って走るが、国道は山道をつっ走る。
途中、能登ワインのシャトーがあるらしく、看板が幾つもあった。
しかし、試飲も出来ないから、立ち寄りはしない。
鵜川から、国道も海沿いを走る。
能登線の道床が見える。
鵜川や矢波、波並、前波、宇出津など聞いた名前の集落の名前が見える。
矢波、波並、前波の三つの集落は、合わせて三波と云うと、能登線を乗り鉄に来た時に聞いた。
何とも懐かしい。
国道を離れて宇出津の町へと入る。
狭い道路を幾つも曲がりながら県道35号能都内浦線へと入る。
かつての能登線に沿って、海を眺めながら走る。
離島と云う名の島が見える。
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小木の町に入り10時前に、イカの駅つくモールに到着した。
ここには今話題沸騰中の「イカキング」がいる。
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これが出来たのは21年の3月とつい最近。
建設費約2700万円のうち2500万円は、国から新型コロナウイルス対策として交付された地方創生臨時交付金で賄い、町民からは無駄遣いであるとかなり問題になった。
しかし、今年の8月の時点で経済効果6億4千万円にも上ると云う。
イカの駅つくモールに来る客の5割近くはイカキング目当てであるし、実際私もイカキングの事をまなにゃーさんに話てみたら「行きたい」と云うのでやって来た。
今日もまだ朝早いのにイカキングの周りには人も多いしイカの駅つくモールから出る遊覧船も満員。
売店でも行列が出来ていた。
取り敢えず、イカキングに巻かれてみた。
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まなにゃーさんが、名物のイカスミソフトを食べようとしていたが、既に売り切れ。
インデックスさんの如くに機嫌が悪くなるが、変わりにイカスミアイスを購入。
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機嫌が良くなり10時45分頃、イカの駅つくモールを離脱。

山道を国道249号線に入る
途中、恋路海岸と云う案内を見る。
能登線を乗り鉄に来た時に、恋路行きの乗車券も買った。
かつては恋路海岸の最寄りに、恋路駅と云う臨時駅があった。
臨時駅なのに、恋路行きの乗車券は通年売っていた様だった。
時間に余裕が無いので、恋路海岸には寄らず先を急ぐ。
そして11時10分頃、見附島に到着。
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新第三紀珪藻泥岩からなる白亜の島で、島の形が波を切って進む軍艦に似ていることから、軍艦島とも呼ばれる。
奥能登観光のメッカで、かつて金沢から珠洲・蛸島及び輪島間で運行されていた急行「能登路」のヘッドマークは見附島をデザインしたものだった。
見附島という島名は、弘法大師空海が佐渡島から当地方に渡った際、最初に見付けた島であることに由来する。
また、当地に降臨した加志波良比古神が最初に見つけた島とも伝わっている。
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引き潮だったから、島まで歩いてみた。
しかし、島が近付くに連れ石の間隔が伸びて危険だったから、途中で引き返した。
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まなにゃーさんが「お腹空いた」と云うので、見附茶屋にて昼食。
私は余りお腹が減って無かったから、奥能登地サイダー、しおサイダーを頂く。
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まなにゃーさんは、名物の見附ラーメン(特製塩ラーメン能登豚チャーシュー入り)。
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そして、12時に見附島を離脱。
県道26号珠洲穴水線を走る。

所々、車一台がやっとな狭い山道を走る。
対向車が無かったのは幸いだった。
途中、小屋ダムが見えた。
極めて小規模なロックフィル式のダムで、ダム湖である宝水湖がY字形に広がっている。
時間に余裕が無いから、宝水湖のYの片方を渡り先を急ぐ。
細く深い山道を走り、県道6号宇出津町野線に入る。
町野川に沿って北へと走る。
段々と平野が開けて、遠くに日本海が見えて来た。
そして12時半頃に、上時國家に到着。
時國家に来たのも1988年の8月以来だ。
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時國家は、平大納言時忠を祖にする能登の名家。
平時忠と云えば、「平家にあらずんば人にあらず」の文句で余りにも有名。
大納言の間は、嘉永6年(1853年)に加賀藩主前田斉泰が当地を訪れた際に
「予は中納言である。この部屋は大納言の格式を持っているので入ることはできない」
と云ったと云う逸話が残っている。
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その為、天井に紙を貼って格式を落として入室したと云う。
その天井。
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因みに、ロッキード裁判の時に田中元首相を裁いた裁判官の裁判長、時国裁判長はこの時國家の出だそうだ。
13時に離脱。

県道6号宇出津町野線を北に上がり国道249号線を左に曲がる。
日本海に沿って走る。
途中、塩田が見える。
塩の駅・輪島塩と云う施設らしいが、余裕が無いので通過した。
そして13時15分頃、道の駅 千枚田ポケットパークに到着。
ここは白米千枚田に隣接する道の駅。
規模はさほどでもないから混みあっている。
白米千枚田は、輪島市白米(しろよね)町にある棚田。
小さな田が重なり日本海まで続いている。
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正に絶景である。
1988年8月に訪れた時には、輪島駅から上時國家へ向かう路線バスから眺めただけだった。
当時は勿論、道の駅など無かったから、更に人里離れた絶景であった。
この道の駅にも萌えキャラがいた。
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今や日本中、萌えキャラばかりである。
13時半に離脱。
国道249号線を日本海に沿って走る。
途中、寝豚なるバス停があった。
暫く行くと温泉もある。
称して云うには「ねぶた温泉」
成程、寝豚温泉とはどの様な謂れがあるのか。
ちょっと泊まってみたい。
輪島の町に入る手前で、輪島バイパスに入る。
そして県道1号輪島七尾線へ。
一山越えたら穴水で、新しい道だからトンネルで飛ばして行く。
14時過ぎに穴水駅周辺。
先ずはガソリンを入れる。
そして、ガソリンスタンドに隣接する「いろはストアー」へ寄ってみる。
見た目は普通の郊外型スーパーマーケットであるが、いろはストアーなど聞いた事も無い。
買い物して穴水駅へと戻ると、14時半を少し回った所だった。
レンタカー返却の手続きをして、駅に隣接する道の駅穴水に行って、色々と買い物をする。

穴水からは15時8分発表の七尾行きに乗車。
2輛編成で後ろの1輛は団体専用。
穴水を出てすぐトンネルに入る。
車内灯が消えてトンネル壁面にイルミネーションが光り輝く。
こんなサプライズがあるとは思わなかった。
徐行しながらトンネルを抜ける。
そして、朝通って来た海辺の路線を走る。
能登鹿島で穴水行きが停車していた。
のんびりと海を眺めながら走る。
西岸からは、なかじまロマン峠を越えて能登中島に停車。
2輛目の団体が下車して、乗客が私とまなにゃーさんだけになる。
田鶴浜で穴水行きと交換。
「のと里山里海号」+「花咲くいろは」ラッピング列車と云う、豪華な仕様であった。
15時47分、和倉温泉に到着。

和倉温泉は云わずと知れた能登観光の中心地で、全国的にも名の知れた温泉でもある。
しかし、温泉街はかなり離れているから、駅前は各旅館・ホテルの送迎バスの他はひっそりとしている。
それでも、駅前に土産物屋が一件あったから覗いてみた。

16時20分頃、七尾方面から列車が入って来た。
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和倉温泉16時30分発の特急「花嫁のれん4号」で、これは所謂「観光特急」と云われるジャンルのもので、列車に乗る事を最大の目的にしたものである。
一般形気動車であるキハ48を改造した車輛ではあるが、原型を留めない程に改造されている。
車内は、北陸の温泉旅館をイメージした様な和風の半個室になっている。
今回はまなにゃーさんと二人だったから、1号車の二人用半個室を予約しておいた。
座席は2番A席、B席。
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発車してすぐ、車掌が乗車証明書を配る。
スタンプを押せる様になっているから、2号車のスタンプコーナーへ行く。
座席に戻ると、客室アテンダントが回って来た。
なので、チケットを渡す。
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「花嫁のれん」には車内飲食のサービスがあり、4号では「大友楼」謹製の「ほろよいセット」が提供されるから、申し込んでおいた。
「大友楼」は加賀藩の御膳所御料理方が特に許しを得て天保年間に創業した、加賀金沢で最も格式の高い料亭である。
待つ事暫し、「ほろよいセット」が届いた。
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蓋を開けると、加賀・能登の旨い物が上品に収まっている。
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これに、加賀棒茶と能登の銘酒「宗玄」が付いている。
こんな時間に呑るのには、丁度良い。
七尾から邑知潟地溝帯を走る。
この辺りは能登第一の水田地帯で、刈り入れを待つ稲穂が頭を垂れている。
稲穂の海の奥に、邑知潟に掛かる邑知潟大橋が遠くに見える。
邑知潟は能登と本州の間に横たわる浅い海の海峡であった頃の名残であり、今は干拓され小さくなってはいるが、かつては今の4倍近い面積があった。
そこには大蛇が住んでおり、気多大社の主祭神である大国主命と少彦名命が邑知潟の退治した伝説が伝わる。
羽咋のホームに、宇宙人らしきイラストが描かれている。
羽咋には「宇宙科学博物館コスモアイル羽咋」なる施設があり、そこでアルバイトしている宇宙人だと云う。
また、羽咋には「そうはちぼん伝説」なるものがあり、江戸時代の頃「そうはちぼん」と呼ばれる飛行物体が頻繁に目撃されていたと伝えられている。
「そうはちぼん」とはシンバルのような形をした仏具のことで、形がUFOに酷似している事から、この飛行物体はUFOではないかと云われている。
そのため羽咋は「UFOのまち」としても知られている。
それにしても、羽咋には「モーゼの墓」も存在するし、先に書いた大蛇退治の伝説もあるし。
なかなか、色んなジャンルがてんこ盛りな町である。
敷浪、そして宇野気で列車待ち。
津幡からIRいしかわ鉄道に入り17時54分、金沢に到着した。

次の列車は18時42分発の特急「サンダーバード44号」
少し時間があるから「芝寿し」で笹寿司を買い、ついでに駅弁も買う。
ホームに上がると、既に「サンダーバード44号」は停車していた。
2号車8番D席、C席に着席し、早速呑み鉄の続きをする。
先ずは金沢駅「大友楼」の駅弁、利家御膳。
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金沢の名物料理をコンパクトに納めた一品。
何か、じぶ煮が食べたくなり購入して仕舞った。
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そして穴水の「いろはストアー」で購入した地場産の赤イカ造り。
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ここまで持たせる為に大量に氷をぶちこんでおいた。
流石は地場産。
旨いイカである。
イカ好きなまなにゃーさんもご満悦。
良い感じにアテも無くなり、心地好い睡魔に襲われる。
京都には20時54分の到着。
矢張り特急は楽だ。
そのせいか地下鉄のホームまでが、遠い。
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