HImaP&Σ 渡部学
2022/08/27 11:43
夫婦の年輪とは【忍耐力と耐えること】
だと思う。異論や反論あるだろうけど。
少しだけその理由を話するね。
今は、現代感覚のある世代がもうおじいちゃん、おばあちゃんになってる。
夫婦仲睦まじいのは理想を生むよね。
でも、反面で離婚が簡単に決断できる現代人は熟年離婚もある。
耐えてきたけど、もう耐え抜く時代ではないから。楽になり一人で生きてくことや、もっとよいパートナーに出逢えることがあるから。
しかも、現在は結婚しても異性と自由にセックスしていいような関係を認め合う人達がいる。嫌なことを耐えてるわけでもなく。
お互いに自由を。でも夫婦の絆や愛が軽いようにも感じる。
そこで、思うことがある。
渡部学は古風なのか?正解や間違いとかわからない。
賛否両論のことだけど。
昭和の時代の夫婦を見てみよう。昭和の時代、今よりも性の交わりが厳格な時代。
恥じらいがある時代。
でも、その一方で政略結婚や家の都合でのお見合いで全く最初は愛してない人と結婚する時代。
そんな忍耐力と耐え忍ぶ心理的時代でも。
今は少なくなってきたけど、昭和の老人夫婦を知る人達なら仲睦まじい寄り添いを見たことある人はいると思う。渡部学は40代です。同じ年齢ならあると思う。
でも、そういう老人夫婦の馴れ初めを聞いたら、よく言うけど、最初は好きでもなんでもなかったとか、若い頃は大変だったとか。少しだけ男尊女卑が激しい風潮はあったけどさ。
しかも、昔は男性が浮気しても、妻は耐え忍ぶ時代だったんだって。
お金持ちの家なら愛人も作り、好き勝手してた旦那もいる。でも妻は耐え忍び続けて愛人やその子供まで容認して支える妻たちもいた時代。
遡ると男尊女卑は否めないのでそれが良いとは思えない。
ただ、そんな時代で別れるや離婚せずに耐え抜いた結果、おじいちゃんやおばあちゃんになった人達を見たんだ。その結果、【本当の愛の年輪】を感じさせるものだった。
嫌で苦悩して辛くても苦しくても耐え抜いた二人の人生、一緒に居ることを諦めなかったこと。
それが本当に良いことかは色々内容によると思う。
だけど、一度結婚したら離婚とは重たき重責を背負うとした時代だからこその一緒に居ることを耐え抜いた二人を見ると
今の世の中の離婚の理由が軽く思えてならない。
だけど、軽くなったから救われる自由な人生を歩める時代になった。
性欲の果に一緒になり、それが成立したらお互い嫌になって別れる現代人は子孫繁栄するために生きて、子孫繁栄したらシングルで生きることのほうが心理的に楽で、経済的な思惑や、性的な色恋沙汰だけの繋がりを求める男女が自由になった。
昔も今と変わらないことは世の中にある。
けど、考え方が変わったよね。
だからこそ、今は真に心から側にいることが安心できる人と一緒にいて長い年輪を作れる。
しかし、忍耐力も薄れたために、年輪を作る前になぎ倒す夫婦も多い。
夫婦とは一緒に居るからこそ人生の不幸な障害がたくさん出てくる人達もいる。
昭和の夫婦みたくあの頃は大変だったねーって二人寄り添う老夫婦が少ない。
男性は性欲のために浮気は付き物。だが性欲枯れ果てた時は、寄り添いたい人が固定してる場合それは愛なのだろう。
女性は弱い立場ではない時代。だとしても結果今もなお男性に経済的な実権に頼ることが多い、だが、苦楽を耐え抜いた先に一緒にいた男性が真の愛なのだろう。
平成に入り、離婚の自由さが出始め、独り身で子を育てる母親が多くなる。それは令和も今も変わらない。
逆に男性は自分自身の不甲斐なさと色恋沙汰の果に人生を棒に振る人も多くなる。
渡部学は思うのです。
都合の良い人と大事な人間は違う。
真の愛は忍耐の果に得た夫婦の年輪だという。
そして、その夫婦の年輪を創った子どもたちは親を見て育つもの。
真の愛とは教育でもある。
愛の年輪を気付いた人間は自由よりも耐え忍ぶことを選べること。
男女ともに離婚に踏み切らないことでもあるのかもしれません。
が、しかしながら悪縁というものもある。それはどうやって見極めるのかなんてのはわからないです。
渡部学はこの人生でお付き合いした人は一人だけ、そして、別れてます。
彼女が今でも好きですが、手に入れたいとかまた会いたいとか強欲にはならない。
彼女が彼女らしい人生を歩んでればいい。
生涯、最愛にして最後の最高の愛と思って自分自身の心の中に秘めています。
それを未練と呼ばれるかはわからない。
その人への想いを越える人には結局出会えなかったしモテる人間ではないので恋愛経験も一度しかない。
性欲の果の感情なら忘れれた人だろうか?
恋しいわけではない。また会いたいわけでもない。
記憶の美化かもしれない。でも、渡部学の人生最初で最後の最愛の人では間違いない。
渡部学は一緒に居ることは叶わなかったけど、心だけは愛の年輪は消えてないのです。
彼女への愛を切り落としたことは一度もない。
真の愛とはなんなんだろうねー。
もう渡部学に最愛の女が入る余地はない。
一人だけで充分だ。
世界の7つ海を制覇するのと同じくらい価値があるのは最愛の人を得ること。
花の慶次〜雲のかなたへ〜
アスタ ラ ビスタ
ワンピース人繋ぎの大秘宝。世界はみんな家族だけど。最愛の大秘宝はただ一つだけ。
たとえ死んでも愛する人はただ一人。
HImaP&Σ 愛に生きる総長 渡部学より。
皆さん愛に生きろよ(笑)
今の俺は自由だ。全て手に入れた。
おわり
おまけ
皆さんの中には男性の浮気に困る人達居るみたいですね。
男性の浮気は性欲とは精子がたまり射精したいがための快感を求めて女性と交わりをしたい。いわば愛のない(本人すら気付いてない)性欲の場合がある。排泄物をするのと同じようなもの。
そして、女性への浮気は確かに本能的により良い子孫繁栄をしたいものも含まれる。男性の本能と同じく。
だが、女の場合浮気は心が動くもの。そうなったらもう元の人へは行かないはず。
男性の場合、射精のための排泄のよくが入り交じり愛ではなくやりたいだけ。出したいだけ。都合の良い人である場合も多いため。
元の人に心が帰ってくるのです。
男性を養護するわけじゃないけど、男性なので言うと
女性が浮気を嫌悪するのはどこですか?セックスを別の人とする不快ですか?
それとも最愛の男性の人が心が奪われてるのが不快か?
もし、性欲だけで浮気して、自分自身のところへ帰ってくるなら許せますか?
まー言っても男性ってアホなので性欲のみで思考が動くので愛かもわからず違う異性、違う異性と目移りして飽きたら違う異性と虫のように性欲本能だけで動くので
結局、戻る前に捨ててから次に向かう習性あるんでね。(笑)
そして、逆に女性は切り替えと決意と心のけじめが早いので、過去の男に要はなしって踏ん切りつくのよ。
ところが男性は愛のない人に振られたら、また愛のあった人に寄っていく(笑)もしくは性欲に思考が飲まれてセックスを今できる人のところへ流れる。男性の子孫繁栄の本能だけのタイプ。虫と同じような本能。
女性は戻ってくる男性を許せるのなら、便器に排泄物を捨ててきた程度に肉体的な繋がりを見たほうがいい。
心は自分自身にあるのならいいと思えるなら浮気症の人とも長く付き合えるかもね。
ちなみに渡部学は重度の未練男のキモい一途な人間だから、ずっと別れても一人の人のこと好きです(笑)
他の女は今は性欲ないので興味なし。(笑)綺麗な女性やかわいい好みの女性は好きだけど。
恋でも愛じゃないのよ。洋服と同じ目線。
おまけおわり
おまけのおまけ
性犯罪って男の性が多い。
おかまでも男の性が悪さする。
だが、女にも悪癖はある。にしても男の性欲は排泄物であるために、出さないとスッキリしないのです。
出すのには【性の欲】つまり性の追求が始まるので欲する性を追尾確保する。
若い男は脳がそのまま金玉なんです。金玉が思考を洗脳してるのです。
そう考えると同性ながら笑えます。エロスの脳汁妖怪人間ベム(笑)
金玉(精巣)や精子が思考回路を占領してるんだからさ。
性欲で動く人達がそう思うとウケる脳金玉達。
思考が精子に洗脳されてる状態。
渡部学が作った言い方、(蛙の)オタマジャクシ達(笑)頭がオタマのオタマ達。
精子洗脳された男はたくさんいる。愛ではなく。出したいだけ。(笑)綺麗な女にただ出したいだけ気持ちいいだけ、親になる資格ない、肉壺欲しいだけ。飽きたら次で、飽きたら次で。
子孫繁栄の本能のみで活動してる虫どもと同じだけど。
虫は一度の交配で死ぬけど、動物である人間は金玉が元気なうちはずっと発情期だからね。
別名タフマン達 あんた達タフマン でお馴染み。なんで金玉のような形でぶら下がってないのか?発情期の男は頭が金玉だからだ(笑)
昔からギャグで出来たような商品あったんだな。(笑)
同性だけど、渡部学が性欲なくなり思ったことは性的感度快感より強い衝動の理由は精子が溜まり出したいだけ。すなわち男の性欲は思考回路は精子達が操ってる(笑)
タフマン達もしくはオタマ達(笑)
人間の思考回路を操る宇宙人のやつとかいるじゃん?あれは男性は精子が宇宙人じゃないか?
(笑)
心理を読むと性犯罪者、密猟者なんて精子に操られタイプ
性に悪質な人間もそれだと思っただけですごく笑えるだろ?あいつ精子に操られてる(笑)ってさ。自分自身で気付いてない衝動と心理(笑)
あー面白い。男だから余計にわかる。性欲なくなるとね。余計にわかる。
おまけのおまけ
あくまでおまけ
そう言えば、未知の領域の話でね。産まれも容姿もバラバラなのに同一人物ってやつ。とか同じ人間の系統さ。
人格や性格が増える、肉体のベースが増える。
姿を別人に化けたなりすましとか
時差とかさ。
全てはより人々を征する人なわけでさ。
その良し悪しわかるようになるとさ。
無差別に見えてた事故死も、障害者も病人も無差別なんかじゃなくてさ。
ちゃんと理由があることを知った。権力者の虐めもあるけど。
さらに人々を凌駕する人達。
ルールがありルールに反する人達を正しく審判し調節する人達。
それを認知し知ってる者も知らない人も含めて人々の人生を創る人達。
それらがやる無差別にも似た所業の最悪が渡部学から見たら悪魔みたいな最強の人達でさ。必要悪の根源みたいな。
我々には渡部学には過去にはわからなかった。人間の同系列の勢力拡大。
世界はみんな家族とは言うものの、我々にはわからないけど、そういう未知の領域の人達の同系列の老若男女問わず消し去る罰を与えたり抑圧させる人達。
ルールを破ったものの末路が病気、事故死、障害者になる。それは自然現象だと思ってたんだ。昔の渡部学は。
ハンディキャップとは罰なんだ。殺されるのもハンディキャップを持ち生かされるのも実は決められてる。
だから子供の病気も悲しいけど実は無差別じゃない、自然現象でもない同系列への支配者からの罰。
その同系列の人達を完全じゃないけど、渡部学はわかってきてる。
だからさ。未知の領域知らない悪人も怖くないわけじゃない、未知の領域行使する人にも勝てる権力はない。
だけど、それに勝てる権力者に助けてもらえるルールはわかってきてるように思う。
だから今が平和なのかも。
だとしても起きることは結果不幸でも受け入れるしかないのかも。
そもそも人々を凌駕してる人達は全ての人を見透かしてる。その事実を知ったときから渡部学はなるようにしか生きてない。
それにその事実を知らない人がそもそも悪さをするのだから、知っててやるならバカとしか言えない。
人間の資源や食料品の謎解きすると知っててやるバカにも理由があるのか?決まりがあるのに。ルールを破る理由は結局どんな名目があろうとも自分自身らの欲でしかない。
黒執事
悪魔でおまけ おわり
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