快活CLUBはリクライニング席だった上に、周辺の奴らがでかい鼾をかいていたから、余り眠れなかった。
5時過ぎに退店して、ローソンへ。
朝食にパンを買う。
分厚い雲が空を覆い、今にも降りだしそうな嫌な天気だ。
札幌駅には5時半過ぎに到着。
改札は5時40分からとの案内があった。
改札が開始されて、7番乗場へと急ぐ。
案内によると旭川行きは2輛編成で、2ドア3番、4番で待てとの事。
どんな車輛か気になる。
果たして、入線して来た車輛はまさかのキハ40だった。
定刻の6時に発車。
函館行きの特急「北斗」と同時発車。
パンを片付けて、漸くお腹が落ち着いた。
白石を過ぎ、平和を通過すると千歳線が右側へと離れて行った。
森林公園が近付くと、妙な塔が見える。
展望台的な施設には見えないし、謎だ。
野幌を出た辺りで、遂に雨粒が落ちて来た。
江別を過ぎると、車窓も札幌の郊外都市から北海道らしい田園風景に変わって来た。
岩見沢で特急「ライラック」の通過待ち。
7分程停車をする。
室蘭本線の岩見沢停まりの列車が到着して、かなりの乗客が下車している。
まだ7時前である。
此方の旭川行きはガラガラ。
何となく眠くなりうとうととする。
目が醒めたら、奈井江。
再び雨がぱらついて来た。
砂川に到着。
かつては歌志内線や上砂川支線と云う、炭鉱から石炭を輸送する事に特化した様な路線が別れていた。
しかし、激しいエネルギー革命により道内各地の炭鉱は閉山し、歌志内線も上砂川支線も廃線になって仕舞った。
草に覆われた広い構内の跡地に面影がある。
この駅からも通学の高校生が多数乗車して来る。
続いて滝川。
ここで網走行きの特急「オホーツク1号」に抜かれる為7分程停車をする。
勿論、撮り鉄もする。
通学の高校生達がみな降りてしまい車内がまた、閑散とした。
そして漸く、目的地の深川に到着。
時間は8時22分で次に乗る留萌本線の留萌行きは11時10分。
3時間近くもある。
そして、駅前には何も無く、寂れている。
ここで時間を過ごすのは至難の技。
とは云え、何もしない訳にも行かないので町をぶらついて見る。
今日のホテルを確認したり、郵便局で資金を調達したり。
寂れた商店街を歩いてみたり。
堂島ロールの看板を掲げた店があった。
大阪に迷い混んだのかと思う。
そして国道を渡った先に、地場のチェーンと思わしき「スーパーチェーンふじ深川店」があった。
9時オープンなのか既に営業していたので、入ってみる。
私は、こう云う地場資本のスーパーなどを回るのが好きで、旅行に出たら可能な限り回る様にしている。
色々と買い物をして駅に戻る。
9時50分位であった。
駅に戻ると、10時7分発札幌行き特急「オホーツク2号」の改札の案内をしていた。
今や貴重なキハ183系を使用した特急。
これは撮り鉄しなければならない。
国道233号の跨線橋まで戻り構えて見たが、アングルが悪くどうにもならない。
慌てて駅へと戻る。
時間は10時6分で、ダイヤ通りならまず間に合わないタイミングだった。
しかし、「オホーツク2号」は8分遅れで運転中との事。
10時11分発の旭川行きが発車して行ってから10時15分頃に札幌行き特急「オホーツク2号」が到着した。
撮り鉄し終えて画像を確認していたら、国鉄時代の、流氷をデザインしたヘッドマークを復刻していた。
万難を廃して撮り鉄したかいがあった。
10時50分頃、漸く留萌本線留萌行きが到着。
キハ54の北海道版500番台のトップナンバー501だった。
しかし、ここで思わぬ誤算があった。
何と、クラブツーリズムが何かの、年寄りの団体とかち合って車内は超満員。
深川で長時間待つのが嫌だから、旭川まで行って折り返すプランも考えていたのだが。
やらなくて良かった。
旭川からの各駅停車が深川に着いた時点で、座席は全て埋まり立ち客もいたから。
更に一杯になり、特急「ライラック」からの乗り継ぎもあり、普通では考えられない様な乗車率になった。
11時10分、超満員の留萌行きが発車。
留萌本線に乗るのは2014年12月以来8年振り。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1936161701&owner_id=5677348
当時はまだ、廃線の話は出て無かった。
なので、18きっぷシーズン前と云う事もあり、列車はガラガラだった。
隣に座った、クラブツーリズムのツアーのおばちゃんが話掛けて来る。
結構、旅行好きの方らしく私が京都から来た事に驚くと共に、ツアーでは通り一辺の所しか行けない事を嘆いておられた。
しかし、何故に団体ツアーが留萌本線に乗るのか解らなかったから聞いてみた。
そしたら「札幌からツアーバスで来て、深川から留萌本線、そして留萌からはまたツアーバスで増毛へ行く」と仰った。
なので「やはり留萌本線が無くなるからツアーに入れたんですかね。」と答えると。
「え

この線無くなるんですか

」と驚いておられた。
矢張り、ローカル線の廃止など地元民を覗けば鉄オタしか興味無いのだろう。
列車は深川から淡々と市内を抜け、かつて札沼線の終点だった石狩沼田に到着していた。
そう云う蘊蓄は一般人には嫌われるが「確か留萌本線でNHKのドラマのロケやった駅ありますよ」とだけ話しておいた。
それが次の恵比島で、スマホでばしばし撮影していた。
恵比島からは山越えの難所。
曲がりくねりながら峠下に到着。
鉄が多数待機していた。
留萌本線で、深川と留萌の間で交換設備があるのは峠下のみとなっている。
その他の駅は全て国鉄末期に(石狩沼田はJR後に)交換設備が撤去されている。
なので、今や留萌本線で列車交換のシーンを見る事が出来るのは峠下だけ。
しかも全ての列車が交換する訳ではない。
なので、この様な人跡未踏の駅に鉄が集まる。
峠下からは留萌川に沿って峠を下る。
次のおばちゃんが五山送り火の話をするから、何でも駅にポスターが張っていたそうだ。
先日の送り火の画像がカメラにあったから、拙い写真ではあるがお見せしたら大変喜ばれた。
更に祇園祭のデータもあって、巡行の画像をお見せしたら物凄く喜んで頂けた。
そして12時7分、留萌に到着。
かつてはここから日本海に沿って増毛までレールが引かれていた。
しかし、2016年に区間廃線となって仕舞った。
丁度昼時なので、構内の立ち食いそば屋で天婦羅そばを頂く。
更に幻の留萌駅の駅弁「にしんおやこ」を購入。
この駅弁は二日前までの予約が必要な上に営業時間も短い為、購入のハードルが高い。
身欠き鰊と数の子の弁当で、鰊の町、数の子の町留萌に相応しい。
そばを食べた後、沿岸バスの留萌駅前バス停へ。
実によく萌えている。
流石は留萌である。
12時35分のバスに乗車。
かつての留萌本線とほぼ同じルートを走る。
夏草に埋もれた留萌本線の道床に、赤茶けたレールが見えた。
留萌を過ぎたら晴れ渡り、日本海が青く輝いていた。
旧増毛駅には13時9分の到着。
次のバスは14時50分なので、1時間40分程、時間が取れる。
先ずは前回2014年に行けなかった旧商家丸一本間家へ行って見る。
約120年前の明治時代の姿をそのまま現代に伝えている旧商家丸一本間家。
本間家は「丸一本間」の屋号で、呉服商に始まり鰊漁の網元、海運業、酒造業など時代とともに多岐にわたり事業を展開した豪商。
一度火事で財産を無くしているからか、石造りの極めて貴重な商家である。
スマホの案内で隅々まで見学出来た。
https://www.town.mashike.hokkaido.jp/audiotour/?id=1608528771
因みに、本間家と云えば佐渡の豪族で江戸時代には酒田で豪商としつ名を馳せ「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と俗謡に謡われた程だが。
増毛の本間家も明治時代に佐渡から出て来たと云う。
旧商家丸一本間家で記念スタンプを押していたら「ましけヒストリー・ラリー」と云うのやっていた。
旧商家丸一本間家を含めて三ヶ所なので、やってみる事にした。
先ずは2014年にも訪れた「増毛郡総鎮守 厳島神社」へ。
そして最後に「増毛町総合交流促進施設元陣屋」へ。
記念品を頂き日本最北の酒蔵である國稀酒造へ。
この蔵は、先程の本間家がたてた酒蔵。
旧増毛駅へと戻りました14時50分発の沿岸バスに条件。
半分、うつらうつらとしていた。
留萌には15時25分の到着。
次の留萌本線は16時17分発なので、小一時間程ある。
しかし、何処も行く用事も無いから、改札の前で待つ。
16時を過ぎて改札。
行きと同じくキハ54の501だった。
行き程では無いが、割と混んでいる。
今度は先頭で前を凝視している。
この例の列車は峠下で留萌行きと交換する。
まあ、良い写真が撮れた。
後は座席でぼーっとしていた。
17時15分、深川に到着。
すかさず今日の宿である「ラ・カンパーニュホテル深川」へ。
203号室にチェックイン。
18きっぷ旅行でこんな早くに宿に入るなんて極めて珍しい。
一休みしてから駅向こうの「ホクレンショップ イチヤン店」
そして「スーパーチェーンふじ深川店」で買い物。
ホテルに戻りシャワーを浴びてから晩飯。
「にしんおやこ」これで1000円は安すぎるでだろう。
スーパーチェーンふじ深川店の惣菜

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