リトアニア他のバルト三国は、欧州大陸と陸続きであるがゆえに、古くから他民族国家の
侵略や統治の下に置かれた。そのたびに宗教も改宗を強いられたリすることも多く、日本
のように島国とは異なる歴史があった。1251年の十字軍の弾圧から逃れるために、キリスト教を受け入れて最初に建てたのがこの「ヴィリニュス大聖堂」でした。元々多神教信仰であったので、神のお告げにより1323年に首都をトラカイからヴィリニュスに移した
時代に応じてルネッサンス様式、バロック様式が付加され、18世紀の大改築により、
現在の純然たる古典主義様式建造物となり、ギリシャ神殿を思わせる現在の姿になった。
中へ足を踏み入れると天井が高く、割と明るい。祭壇へ向かって真っすぐに椅子が並び
両サイドの側廊との間に立つ柱には12使途の絵が飾られ側廊にはイタリアの画家の絵が
多く展示されていて美術館の趣です。
外の広場には、高さ53mの大鐘楼があり、往時の城郭の跡地に建てられており、その城域の大きさも想像できます。1989年にソ連からの独立を求めて、バルト三国の人々が手と手を繋ぎヴィリニュスとリガ・エストニアを繋ぐ600km に及ぶ「人間の鎖」を作ったのがこの広場であり、記念の礎石が広場に埋められています。「奇跡」と書かれたこの礎石の上を3回転すると願いが叶うとのことで試してみました。
ここから旧市街を歩きます。「大統領官邸」の前には特別に警備の人が居るのでもなく
門やら前庭もなく、広場から自由に出入りできるようでした。すぐ隣にはヴィリニュス大学のキャンパスが広がり大学の図書館の前を通り、ヨハネ通りに出ます。
「聖ヨハネ教会」は大学の構内にありヨハネ通りからも5層の「大鐘楼」が見えます。
バロックとルネッサンス様式の両方の特徴を持ち、市内の何処からでも見えるランド・マークとなっている。大学の聖ヨハネ教会の外壁に沿ってバロック様式の家々が並ぶヨハネ
通りを進むとビリエス通りに突き当たります。この通りは大聖堂広場から南下して「夜明けの門」までつながる繁華街で、旧市街の南北を結ぶメイン道路です。ビリエス通りを、
北に向かうと「ゲデイミナスの丘の城跡の塔」を見上げました。
少し歩いて、細い小路に入る。ミコロ通りと言う。暫く行くと突き当りに「聖アンナ教会」がある。ゴシック様式後期の華やかに飾られた正面を有す赤レンガ造りの建築である。屋根の周囲に幾つもの尖塔が十字架を頂きに掲げてシンメトリックに配置されている
15世紀末に建造されたゴシック様式の秀作と言われているとのこと。
ミコロ通りを少し戻ると、バロック様式のシックな家並みの中に「琥珀博物館」がある
見落とされそうな小さな看板が壁に貼られている。地下が博物館になっており、琥珀の生成過程、琥珀の産地、歴史、採掘場の再現展示、琥珀の加工製品などが展示されている。
琥珀は松などの樹脂が固まって、長い年月を経て固まったもので、リトアニアで発掘される琥珀は3000万年〜4000万年前の物が多いという。色も黄色やオレンジ、透明な物、濁っているもの等様々だ。この博物館の売店は偽物の心配がないと安心できるという。
40分程のフリータイムで、琥珀博物館やビリエス通りの土産物店などを散策した。
次回は6/21 午後の部です。
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