パラリンピックの語は、元々、パラプレジア(Paraplegia、対麻痺(脊髄損傷等による下半身麻痺))+オリンピック(Olympic)の造語であったとされる。
IOCは、1985年に「パラリンピック」を大会名として用いることを正式に認めた。同時に、既に半身不随者以外の身体障害者も参加する大会となっていたことから、大会名の意味を「ギリシャ語のパラ(Para、(英語のパラレル(平行)の語源)+オリンピック(Olympic Games)」とし、「もう一つのオリンピック」として再解釈することとした。これに伴い、1988年のソウル大会から、「パラリンピック」が正式名称となるとともに、1960年のローマ大会以後の国際大会を、遡及的に「パラリンピック」と表記することになった。
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ウィキペディアって勉強になるなぁ。
まぁ「諸説あります」の一部かもしれないけど『パラ』の意味って知りませんでしたよ。
これだけを知っただけでも充分というもの。
テレビで競泳競技を見たんですよ。
オリンピックのスピード感を見慣れた透くんは「おそっ!」と笑ってましたが、次第に笑顔が消えました。
水着を着てるので体の一部がないことがダイレクトに見えてしまうのです。
「なんで腕がないんだ?」「どうして足がないの?」という事態が飲み込めていなかったようです。
パラリンピック観戦の学徒動員は連れて行くのはいいけど、それをどう教育につなげていくかは難しいですよ。
「健常者が」「障害者が」と区別してる時点でアウトなのかもしれません。単に現地で見ればいいっていうのは選手たちに失礼なんじゃないかなぁ。
ただ一つ確実なのはパラリンピック開会式のIPC会長のスピーチは、オリンピック開会式のIOC会長のそれより遥かに感銘を受けたってこと。
トップに立つ人の説得力って重要だよなぁ。日本の総理大臣にも言えるけど。
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