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2021年08月21日22:28

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小浜線と越美北線の旅

先週14日の休日出勤、西明石出張で使う筈だった18きっぷが、作業延期で余って仕舞った。
次回の作業予定が9月下旬から10月上旬なので、勿論18きっぷは使えない。
なので、一枚余った18きっぷの消化旅行に出た。
準備をして4時50分に汁パレスを出る。
まだ地下鉄は動いていないから京都駅まで歩く。
5時20分に京都に到着。
5時31分発の京都発園部行きを待つ。
26分頃、折り返しの園部行き221系4連が入って来る。
こんな時間だと云うのに、割と乗車していた。

定刻の5時31分に発車。
園部行きは空いていた。
見慣れた京都の町を抜けて保津峡へと向かう。
嵯峨嵐山に、30周年のマークを付けたトロッコ列車が停車している。
ここから嵐山の脇を掠めて保津峡をトンネルで抜けて行く。
曲がりくねった保津川を一直線に結ぶから、トンネルを出る度に保津川を渡る。
保津峡は川裾まで霧ち包まれている。

10分足らずで保津峡を抜けて亀岡盆地に入る。
亀岡を過ぎ、亀岡盆地を進むにつれ天気が悪くなって来る。
鉛色の雲が立ち込め、山裾を覆う朝霧と混じりあっている。
園部には6時15分の到着。
向かいに17分発の福知山行き223系2連が停車している。
この列車も空いている。
園部からは亀岡盆地が尽きて、保津川支流に沿って走る。
日吉で京都行きの普通と交換する。
胡麻に進入する時に、けたたましいATCのベルが鳴り響く。
隣のホームには京都行きの列車が停車している。
そして、京都へ向けて特急が通過して行った。
胡麻を出ると、桂川水系に別れを告げる。
胡麻分水嶺を越え由良川水系の高屋川、そして由良川に沿って走る。
「大本」の本部を掠めて7時11分、綾部に到着。
7時12分発の京都行き特急「まいづる」が発車して行く。
そして、7時18分に東舞鶴行きが到着。
同時に、東舞鶴から来た福知山行きも到着した。
113系2連の東舞鶴行きに乗車。
由良川を渡り舞鶴を目指す。
西舞鶴を過ぎ、軍都たる東舞鶴に到着。
時間は7時47分。
次の敦賀行きは9時1分。
暫く時間がある。
改札を出ると、萌えキャラ達がお出迎え。
フォト

時間もあるので、海軍の赤れんが目指して歩いてみる。
メインの通りでは無く、裏道に近い狭い道を歩く。
国道を渡ると、夕潮台公園の、山の麓に「旧帝国海軍北吸乙号官舎」がある。
フォト
旧海軍の標準仕様による官舎建築。
官舎は上から甲・乙・丙・丁の四等級に分類されており、乙号は上級官舎に該当する。
残念ながら非公開であり、中に入る事は出来ない。
貴重な遺構である。
更に先へ進むと赤れんが博物館、旧舞鶴海軍兵器廠魚形水雷庫が見えて来る。
コロナの為、臨時休館となっている。
赤れんが博物館は、舞鶴港に面している。
その、港の奥に巨大な艦船が見える。
手前の艦は、護衛艦隊第1海上補給隊に所属する、ましゅう型補給艦の1番艦補給艦「ましゅう」である。
そして、その奥。
広大な全通飛行甲板と片側に寄った艦橋、アイランドが見える。
これはまさに、第3護衛隊群第3護衛隊に所属する、ひゅうが型護衛艦の1番艦「ひゅうが」ではないか。
「ヘリコプター搭載護衛艦」とされているが、広大な全通飛行甲板を持つ巨艦。
見た目は航空母艦そのもの。
だいたい、戦前に戦艦を改装し「航空戦艦」とした艦は「伊勢」と「日向」
世紀を越えて、「日向」は全通飛行甲板を持つ航空母艦に生まれ変わったのだ。

散々「ひゅうが」を撮り艦し、舞鶴赤レンガ倉庫群へ。
フォト
旧舞鶴海軍兵器廠予備艦兵器庫、旧舞鶴海軍兵器廠予備艦兵器庫などに使われた赤レンガの倉庫が建ち並ぶ。
フォト
ここに来たのは、1999年1月。
「タンゴディスカバリー」乗車ツアーで舞鶴に来て以来。
この当時、「タンゴディスカバリー」が間合い運用で福知山から東舞鶴行きの各駅停車として使われており、青春18きっぷでも乗車出来たのだ。
22年振りの舞鶴赤レンガ。
今では、ここで「艦隊これくしょん」のコスプレイベントすら行われている。
一度は行ってみたい。

駅に戻り、9時1分発の敦賀行きに乗車する。
125系2連で、小浜線に乗るのも2003年の8月以来。
18年振りである。
舞鶴を出て、県境の峠を越えるから段々と山が深くなって行く。
京都府最後の駅、松尾寺を過ぎ福井県へと入る。
若狭富士こと青葉山が見えて来る。
福井県最初の駅、青郷は駅舎がロッジになっていた。
若狭高浜で東舞鶴行きと交換。
若狭和田を過ぎると、若狭湾の大島半島に囲まれた小浜湾が見えて来る。
若狭本郷を過ぎると、大島半島へ向けて青戸の大橋が伸びている。
大島半島の先端には、大飯原発がある。
次の加斗は、古びた生活臭のある駅舎に、倉庫と草に埋もれた貨物駅の跡が侘しい。
湾の奥に蒼島が見える。
トンネルに入り勢浜、そして小浜に到着。
10分停車する。

小浜からは若狭湾を離れて内陸を進む。
また、雲が立ち込め雨がぱらついて来た。
大鳥羽には、シュールなイラストが駅の周りに描かれている。
内陸部を過ぎ、三方を発車すると三方五湖の一つ、三方湖が見えて来る。
そして、気山の手前で三方五湖の菅湖が一瞬、眺められた。
気山を出ると、久々子湖が車窓に現れる。
そして 美浜。
美浜ちよ…
東美浜を過ぎて、敦賀の町が眼下に見えて来ると粟野。
東舞鶴行きと交換する。
11時5分、敦賀に到着。

JR神戸線が遅れていたから特急「しらさぎ」が米原で接続待ち。
10分程遅れて到着。
その影響で11時37分発の福井行きも乗り場が3番線に変更。
折り返し姫路行き新快速も遅れて11時35分頃に到着。
接続を待って福井行きが発車。
1分の遅れ。
何時もの北陸本線。
今庄から武生、鯖江を経て12時29分福井に到着。
昼食に福井駅今庄そばを頂く。
フォト
12時50分発の九頭竜湖行きはキハ120の単行。
立ち客も出る混雑っぷり。
とは云え、キハ120は全長16.3mの小型気動車(通常の在来線の鉄道車輛は全長20m)だから、込み合ったとは云え然程の乗車人員では無い。
越前花堂で北陸本線と別れ、越美北線に入る。
越美北線に乗るのは、1996年の夏に一乗谷朝倉館へ行った時以来。
越前東郷を過ぎて、段々と山が迫って来ると、一乗谷。
一乗谷から先は、1989年の夏に、初めて越美北線に乗車した時以来になる。
当時はキハ120でへ無く、国鉄の古参気動車キハ20の2エンジン車キハ52だった。
暑い夏の日に、冷房も無いから窓を全開にして、ディーゼルの煤煙で油臭くなった。
今は冷房もあるし、そう云う意味では快適だ。
足羽川を渡り、川に沿って走る。
勾配がきつくなりエンジンが唸りをあげる。
ロングシートの後ろ側の窓が川辺だから、首が痛くなる。

山を越えて大野盆地に入り、越前大野に到着。
そこそこ下車して、同じ位乗車して来た。
そのタイミングでボックス席に座る事が出来た。
ここからは九頭竜川水系になる。
下唯野を過ぎて九頭竜川を渡る。
柿ヶ島を過ぎると、九頭竜川の織り成す渓谷を走り、エンジンが唸りをあげる。
勝原から先は、1972年に延伸開業した区間。
長大トンネルで一気に抜ける。
14時22分、九頭竜湖に到着したの
フォト
32年振りの九頭竜湖。
駅舎は当時も、こんなログハウスだった。
しかし、駅前に恐竜がいてたり、何と無く賑やかになっていた。
御乗印を頂いて、14時34分の折り返しの福井行きに乗車。
この列車も、立ち席が出る位の満席。
勝原を出て、ダムが見えた。
柿ヶ島を出て九頭竜川を渡るが、その時にも上流にこのダムが見えていた。
越前田野辺りで、また雨がぱらついて来た。
越前大野で少し乗客が降りて、もっと沢山の乗客があった。
このタイミングでボックス席に移動出来た。
遠くに越前大野城が見える。
九頭竜川水系から足羽川水系へと山を越えて、一乗谷を過ぎる。
越前花堂で北陸本線と合流。
16時3分、福井に到着。

次の列車は16時47分発の敦賀行き。
521系4連。
敦賀には17時36分の到着。
次の17時49分発新快速播州赤穂行きまで少し時間があるから、駅弁を見に行ったのだが。
売り切れだった。
仕方が無いので新快速に乗車。
ループで敦賀を抜ける。
滋賀県に入り米原へ。
ここで米原始発の新快速を連結する。
後は、京都まで太く速い流れに身を任せるのみである。
京都には19時42分到着。
汁パレスまで買物しながら歩く事になる。
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