この文字を見て「ん?」と思われた方も多いではなかろうか。
ちなみに読み方は「けいがそくほ」と読む。
中央競馬では現在サラ系の平地、障害が行われたが、
平成7年まではアラブの平地競走、昭和40年まではアラブでも障害競走が
行われたが、繋駕速歩は昭和43年まで行われた。
最盛期は京都競馬場や東京競馬場の主場でも行われていたが、
芝コースの傷みが激しいことやスピード感的に乏しい点が敬遠され、
終期では主にローカル競馬場のダートコースで行われていた。
レースとしては平地の競馬とは違い斤量ではなく距離のハンデがつけられていた。
実際の出走表はこのような感じで記されていた。
昭和43年12月8日
4回中京6日目3R 繋駕速歩特別(150〜250万) ダ1700m
� �1 ヨーコウ 20m 古川 平
� �2 ジュールサン 20m 雪吹 始
�◆�3 トウダイミサキ 20m 老松喜代治
�◆�4 ビーニュートラ 20m 大久保良雄
�� 5 ボニークイン 20m 井原 賢一
�� 6 マンカツ 20m 池田 三郎
�ぁ�7 ショパン 0m 畠中 正次
�ぁ�8 イワテサチミヤ 0m 佐藤 弘二
�ァ�9 シャインコース 0m 佃 芳雄
�� 10 ジャースデハイル 0m 仁井田福蔵
�� 11 ネムロビード 20m 大石 倉吉
�� 12 ダーンツルツネ 0m 田中 四郎
�� 13 ラッキーコース 0m 元石 孝昭
といった感じで実力を加味して距離のハンデがつけられた。
もしコロナ禍が収まった時にエキシビジョンで繋駕速歩をやってほしいなぁと
僕は思った。
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