2021/03/16 15:08〜 火曜日 渡部学から
冤罪とかあるのかないのか?健康な人と病気になる人達の違い。
渡部学はさ。今までの色々な事経験して認知した。問題も起こしたからこそ、病気になり、問題起こしたからこそ心友達家族の絆を知った。
透析患者になる前に、無自覚、無認知だった頃、でもわけもわからず意識が翻弄されながら、当時、透析患者になる前に札幌などに通った。突如、病院では今だから言うと、もうそこは知ってる札幌じゃなかったし、当時通院してた北海道札幌市立病院ももう風変わりしてた。これは今だから記憶でそうわかるだけ。当時は無自覚、無認知さ。
札幌市立病院に通院したら、入院させられ、無自覚、無認知ながらも、なんとなく違和感を感じてた。もうすでに視覚的姿化けや別人格憑依などを感じては居たんだ。恐ろしくて怖くて。
病院で輸血をする事を医者に進められ、断る術も拒む力もすでになく、具合悪くもないのにサインさせられ、指示のまま流されるままに輸血した。意味も自分自身の身体に起きてる事もわからぬまま。
その当時、まだ芸能人だけど、テレビで観る姿とは違うけど、確実に同一人物である芸能人、スポーツ選手など
病院では色々いた。それは現在記憶から辿ってだけど。
ずっとテレビとは姿が違うから勘違いしてた。原監督と思ってた人は、三遊亭小遊三さんだ。ちょっと前に気付いた。記憶もおぼろけ。あとは色々いた。怖かった。悪い事が立て続けに起きてるようだった。観てはいない。けど、感覚的に感じてた最悪の違和感やイメージがずっとあった。不安でなんの罰かもわからずに彷徨い、知ってた札幌市立病院とは違う人達に囲まれ、自分自身の意思にそぐわない治療をさせられた。
あとは当時単身で札幌へ行きわ札幌市立病院に通院したら入院を言い渡され入院した時。
色々居たんだ。芸能人や報道陣や色々な分野の人が一般人に紛れて、悪人の組織など色々居たっぽい。
一般人は姿が違う人は別人として判断する。姿が違うのに同一人物とする理由や真実を知らない。渡部学だって未だにわからない。視覚的姿化けとは違うこと。
なぜにそうなったのか?なんてわからない。
時を越えて、母と思ってた人達を視覚的姿化けをわかった事により、あとは自分自身の記憶あり、意思は自分自身なのに別人格が密かに感情や行動、言動を操ることをされ、当時は母の側頭部を殴った。それもあるのかな?
反省してる現在。もう二度とそんな事はしたくない。心理的にも渡部学も傷ついた。傷つけたのは自分自身なのに本心ではもう二度と嫌な感情と行動。でもそうなったら止められなかった。無理だった。
だから、罰を与えられたのか?最初から仕組んだ人達主犯の操りなのに罰は渡部学に課せられる。
あの時の自分自身はなんで透析患者にまで仕向けられたかはわからない。
結果は現在は幸せで安定してる。いや、そう納得するしかないじゃない。無力である渡部学は人生を作る人達の手のひらの操り人形だから。
今は人生は死ぬ死期と死に方だけが毎日の願いだ。
今の状態での健康なまま、痛みも苦しみも感じないような透析中に睡眠中に急死するような死に方を望んで希望して祈ってる。
死にたいわけじゃないけど、死ぬならそれがいい。いつ死んでもかまわない。
生きてる幸せも死んだらなくなる。でも、死んだら生きてる間の辛い経験ももう無くなる。
だから、睡眠中に苦痛感じる前に急死が希望。そんなの出来るのかわからない。
出来るならそれでいい。
もう少し今の健康なまま生きれるならもう少しだけ生きてたいけど。
終わり
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