静岡県西部で作られる綿織物を中心とする布地の総称。種別は大きく分けて3種類。
1)洋服地などの広幅織物
2)浴衣生地などの小幅織物
3)テープやガーゼなどの細幅織物 があります。江戸期代中期以降、浜北地区を中心に
三河と並ぶ綿花の栽培が盛んでした。染料となる藍や紫根も浜北で栽培されており、農家
の副業として江戸後期には機織りまで盛んに行われるようになった。貴布祢村の和泉屋の
妻女くらが案出した10反引き機具が農家の製織に貢献したと伝えられる。
明治初め頃までは浜松では綿糸が出来なかったため、三河から搬入されていた綿糸を、紺
色に染めて縞模様の綿布に織っていました。やがて、笠井地区から浜松に中心が移ると、
遠州縞とか、遠州木綿と呼ばれた。染料が化学染料になり、多色が可能になると、販路も
東北の農家の野良着などに多く販売されるようになっていった。
温暖な気候で江戸時代に綿花栽培が盛んになって、農家の副業として機織りが広まった。
明治時代に湖西市出身の豊田佐吉が動力織機を発明し、生産量が飛躍的に上昇した。また、遠州織機などの将来の工作機械メーカー前身の機械製造会社も地元の産業を支えた。
こうした背景もあって、泉州(大阪府)、三河(愛知)とともに綿織物の三大産地に
数えられた。昭和6年(1931年)には輸出が激増、サロン織機などの製品がもてはやされた。昭和30年代に織物生産がピークを迎えた後、貿易摩擦や安価な海外製品の
流入などにて生産量は減少している。
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