小田急江ノ島線が開通(1929年・昭和4年)してあと8年経つと100年目ですね。
今、手元にあるのは50周年の時(1979年・昭和54年)に発行された記念切符。
カラー印刷のが切符の表、電車と江ノ島駅の写真は切符の裏面の写真です。多分
この切符もあと8年後にネットオークションに出せば、良い値が付くだろうね。
コロナ禍そんなに長生きできないかもね。(笑)
裏面に記載されてる記事を拡大して記しておきます。
左側の電車の写真のコメント「新宿駅で発車を待つ、開通当初の主力車・1200型
同 下の江ノ島駅 竜宮城を思わせる、現在の片瀬江ノ島駅
江ノ島線50年の歩み
昭和4年4月1日、相模大野〜片瀬江ノ島間27.4Kmの(江ノ島線)が開通しました。
当時は多くの鉄道が単線であった中で、すでに2年前に開通していた小田原線と同じ
く複線でしたが、沿線は松林や野原で、乗客もまばらな電車が1時間に1本走ってい
ました。昭和6年夏には、旅客誘致の対策として往復運賃半額の大割引と急行電車の
大増発を行い、海水浴客を誘致し、これが現在に至る小田急の夏季輸送の原型です。
昭和13年に大和に海軍航空隊が設置されたのが契機となって人々の往来や貨物の動き
が活発になってきました。昭和16年に第二次世界大戦が始まると、江ノ島への観光客
は全く姿を消し、乗客は軍人や軍需工場の工員などが殆どでした。終戦後の荒廃時期
は動く車両も少なく、僅かに動く車両は買い出しの旅客で鈴なりの満員でしたが、復
興は目覚ましく、昭和24年4月に藤沢〜片瀬江ノ島間が複線に復旧されたのをはじめと
して、年々輸送力の増強が進みました。
昭和30年代になると、沿線は京浜地区のベッド・タウンとして都市化が進む一方、
夏には快速急行(S45年夏で廃止)が大増発されました。また、S27年、1910型ロマ
ンスカーで始まった特急はS39年から年間運行となり、現在は二階式のNSE車両が「
えのしま号」として、SE車とともに1日5往復が運行されています。
現在、江ノ島線の一日のおきゃくさまは約30万人で、小田急線・多摩線とともに
首都圏の足としての使命を担っております。
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