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2021年01月23日19:23

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核禁条約発効で記念イベント

核禁条約発効で記念イベント
01月23日 18時22分、NHK NEWS WEB 配信より

核兵器禁止条約の発効を記念するイベントが被爆地の広島と長崎それに東京を結んで開かれ、広島市から参加した被爆者や若者たちは核兵器の廃絶に向けた新たな決意を表明していました。

このイベントは被爆地の広島と長崎、それに東京を結んでオンラインで行われ、広島市の会場には核兵器の廃絶を訴えて続けてきた被爆者や若者らが集まりました。

まず東京の会場から国連の中満泉事務次長が「被爆者の方の証言はこの条約の背後にある道徳的な原動力となってきた。この条約は核廃絶を追求する皆さんの決意の証しだ」と述べたビデオメッセージが流されました。

続いて、広島市の会場から広島県被団協の箕牧智之理事長代行が「核兵器禁止条約の発効できのうは希望の光が見えた瞬間でした。人類のために核廃絶を日本や世界に訴え続けることが大切です」とあいさつしました。

このあと、大学生や高校生ら5人が順番に、被爆者の体験を聞き絵や劇として発信していることなど、みずからの平和活動について紹介しました。

この中で、広島大学大学院の菅野計馬さんは「この条約は被爆者の長年の努力があってこそだ。核廃絶に向けて歩みを続けるために私たち若い世代が引き継ぐ必要がある」と話していました。
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広島市立舟入高女の碑について

今までの私のボランティア活動歴についての話しをします。山口市小郡文化資料館に、故河内山賢祐の作品と遺品が展示してあります。遺作、遺品の管理について、私の祖父が、河内山賢祐と近い親類であったこともあり、遺族の立場を代表する意味でも芸術文化財ボランティアの立場でも、旧小郡町時代よりその作品等について、散逸しないように細かく注文をつけ私は、今日まで至っています。私が、当時、小学校の修学旅行に広島に行くという折に、その当時存命であった私の祖父と祖母が、「広島の平和記念公園に、河内山の叔父さんの原爆慰霊碑の彫刻があるから、見てきなさい。」と言われたことを覚えています。しかし、私の小学校修学旅行は、集団行動で、勝手に個人行動で広島の平和記念公園を見て回ることが、出来ずに、その時は、どこにその碑があるのか、わからずじまいでした。33年の歳月が、流れ、ようやく河内山賢祐と湯川秀樹との二人の構想による「広島市立舟入高女の原爆慰霊碑」が、広島市中区の区役所を訪問し、その場所を教えてもらい中区の中を流れている川沿いに確認することができました。風雪に耐え、乙女のレリーフは胸を強く打つ作品でした。広島市立舟入高女の碑の原版は、山口市小郡文化資料館に残されています。大叔父の河内山賢祐と湯川秀樹博士は、どのような考えで、このすばらしい作品を残そうとしたのかは、今となっては、二人とも故人となっているので、聞くよしもありません。先人の平和に対する想いを若い世代に語り継ぐことが必要です。司法のボランティアを議論することすら 機会もなく、又、司法現場の弁護士や判事さんにおかれても、様々なボランティア活動について理解と参加等の配慮をお願いしたいと感じることがあります。今後とも皆様にご協力をお願い申し上げます。

「古寺巡礼 京都 30 青蓮院、「若き慈円の仏教を、時空を超えて」・・・青蓮院門跡 門主 東伏見 慈晃様の「現代へのメッセージ」について

「古寺巡礼 京都 30 青蓮院 」において拝読いたしました。私は、青蓮院 執事 村田弦三郎様とも、当時、親しいお付き合いさせてもらっておりました。何とぞ、平山郁夫画伯の気持ちについてをお汲みとりいただいて、青蓮院においても、不動尊に加持祈祷され、原爆被災者の皆様 平穏について お祈りしていただきたいと 青蓮院門跡 門主 東伏見 慈晃様に お願い申し上げます。

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