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2020年10月17日23:12

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「だからここに来た 全日本フォークジャンボリーの記録」と「四条隆資卿研究会第二回学習会」

昨夜、「だからここに来た 全日本フォークジャンボリーの記録」を放送していたから録画した。
実は前々から告知されており、楽しみにしていたのである。
これは、1970年8月8日岐阜県恵那郡坂下町(現・中津川市)にある椛の湖(はなのこ)湖畔で行われた、第2回フォーク・ジャンボリーを記録した幻の記録映画である。
第1回フォーク・ジャンボリーは1969年8月9日18:00開幕、10日9:30閉幕した日本初の大規模野外音楽イベント。
参加者こそ約3000人ではあるが、1969年8月15日から17日開催されたアメリカのウッドストック・フェスティバルよりも先に開催されたこともあり、今日の野外大規模コンサートの先駆けとなるイベントとも云える、歴史的なライヴ・イベントでもあった。

第2回フォーク・ジャンボリーは1970年8月8日13:45開幕、9日12:00閉幕。
出演ミュージシャンは、岡林信康を筆頭に、小室等&六文銭、斉藤哲夫、高田渡、遠藤賢司、五つの赤い風船、はっぴいえんど、など。
URC(アングラ・レコード・クラブ)所属のミュージシャンが多数を占めていた。
転じて関西フォークのミュージシャンでもある。
全共闘運動激化の時代背景の中、理不尽な差別や社会への批判を歌詞にした関西フォークは60年代後半から70年代初頭に掛けて社会現象を巻き起こしていた。
他にも、フォークでは無いミュージシャンも出演していた。
例えばジャズ・ブルース系のミュージシャンである浅川マキ。
私の本籍地である石川県美川町出身、町役場で国民年金窓口係からブルース・シンガーとなった人物。
関西フォークの連中も含め日本国内に於けるアンダーグラウンドを主体とした音楽活動の集大成的な音楽イベントでもあった。
音楽映像も貴重だが、電化前の中央本線を走るD51蒸気機関車牽引の旧型客車の普通列車とその車中。
最寄り駅から会場までを結ぶ臨時バスとその車中など、貴重なシーンも多い。
会場を警備していた警察官へのインタビュー等も、貴重な記録であろう。
しかし、岡林信康が、はっぴいえんど(メンバー:細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂が結成した伝説のロックバンド)をバックバンドに従え、歌う姿は感動的であった。
こうなると、1971年8月6日、7日に開催された伝説の野外ライヴ・イベントである箱根アフロディーテも見てみたい。
此方は国内だけでなく海外の有名なミュージシャンも出演しており、「トレイン」や「サイモン・セッズ」等のヒットで人気だったバブルガム・ロックの第一人者、1910フルーツガム・カンパニーや「サークル・ゲーム」で有名なバフィー・セントメリーなどが出演していた。
しかし、一番の大物バンドは、8月6日のステージに登場したピンク・フロイド。
これが初来日公演でもあり、山から霧が下りてきてステージを包み、ピンク・フロイドの音楽とも相まって幻想的な空間を作り上げたと云う。
人智の及ばぬ自然の演出、まさに伝説のライヴと呼ぶに相応しいものだった。
是非とも、放送して頂きたい。

蛇足になるが、1910フルーツガム・カンパニーの曲で、数多の日本人にとって一番聞き覚えのあるのは「トレイン」でもなければ「サイモン・セッズ」でもなく「バブルガム・ワールド」だと思う。

https://youtu.be/ELVyjYU_j-Q


今日は朝から雨。
朝食取って、「だからここに来た 全日本フォークジャンボリーの記録」を見ながら編集して、二度寝した。
11時半頃に消防点検が来る。
特に異常は無い。
13時から、八幡で「四条隆資卿研究会第2回学習会」が開催される。
我が蟷螂山と四条隆資は、切っても切れない仲であるから、保存會の役員で参加した。
13時に會所前に集合。
参加者は、村林会長以下、本井さん、岡部さん、高岡さん、内方さん、浅島さん、汁の7人。
村林会長と内方さんの車に分乗し、八幡にある中ノ山墓地へと移動する。
雨が酷く、京守線も混んでいたから14時ギリギリに中ノ山墓地に到着。

四条隆資卿研究会の方々に挨拶して、先ずは卿の墓所でもある正平塚に参詣。
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続いて、中ノ山墓地の石仏群の見学。
墓地の南には、二十五菩薩の石仏が並んでいる。
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二十五菩薩は、極楽浄土を願う者を守護し、臨終の時に来迎されると云う二十五の菩薩である。
平安時代の中頃から浄土信仰が盛んに、来迎図等に画かれる仏である。
続いて北に移動すると、十三仏。
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初七日から三十三回忌までの十三の追善供養に配当した仏である。
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更に北は三十三所観音の石仏が並ぶ。
観音がその姿を変えて人々を救済するという三十三応現身にちなんでいる。

一通り見学したあと、松花堂庭園・美術館に移動。
会議室にて「四条隆資卿研究会第二回学習会」
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八幡の歴史について、中ノ山墓地を中心にして、レクチャーを頂く。
中ノ山墓地自体が、長い歴史があり、岩清水八幡宮建立の頃からあった事。
墓地を極楽浄土に見立てて菩薩を奉った事。
そして、中世からの墓地がそのまま今に至る所は全国でも少ない事。
今ある東高野街道は戦後に観光目的で名付けた事などを伺い、大変に勉強になった。
最後に、村林四条隆資卿研究会副会長兼、蟷螂山保存會会長の挨拶。
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再び、村林会長と内方さんの車で蟷螂山町に帰町。
帰りは1号線経由で。
そして、反省会。
「すいば」で軽く、もなく呑んで帰宅。
まなにゃーさんが「鬼滅の刃」の編集版を見ていた。
もし、まなにゃーさんが竈門禰󠄀豆子のコスプレをしていたら、私もチェックしてコスプレしていたのだろうが。
幸いと云うか、まなにゃーさんがコスプレしてないから、鬼滅は全く知らない。
なので「あの、裸イノシン人間何者?」って位に知らない。
それ以前に、どんな話なのかも全く知らない。
まあ、どうでも良い事だが。
URCのミュージシャンを聴きまくっていた輩が、岡林信康やはっぴいえんど、遠藤賢司(エンケン)、五つの赤い風船、高田渡など を聴きまくっていた奴が、今更「鬼滅の刃」など。
因みに、高田渡が日本フォーク界屈指の問題曲「自衛隊へ入ろう」を初めて歌ったのは、1968年8月9日-11日に京都・山崎「宝積寺」で行われた第3回関西フォークキャンプでの出来事だった。
それがきっかけで1969年4月、URCレコードよりデビュー。
凄い時代だった。





住所不定でYouTuberの「へずまりゅう」 こと原田将大容疑者(29)か。
迷惑系YouTuberは全員、最終的解決するしかないな。
そして、自分が最終的解決されるシーンを生中継していろクズが。

【時事通信ニュース】◎「商品偽物」と業務妨害容疑=ユーチューバーの男逮捕―大阪府警
https://sp.m.jiji.com/article/show/2457323 #時事通信ニュース


そしてこいつが、将来のへずまりゅう予備軍である。

不登校小学生ユーチューバーゆたぼん11歳、金髪で久々に学校に登校、先生に注意されブチ切れwww(動画あり) : ツイッター速報
https://tsuisoku.com/archives/57296119.html

なんだこの、のび太みたいな野郎は。

女性を性奴隷にしチャットで共有「n番部屋」創始者に無期懲役を求刑 韓国(ハフポスト日本版)
#Yahooニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/94edf82a48acb8fd2a984ba382f6731fdaadce1b





ラーメン大好きシルヴィアンとしては、行ってみたい。


東京ラーメン元祖「浅草来々軒」44年ぶり復活 資料や証言から再現 新横浜ラーメン博物館 (毎日新聞)
https://news.line.me/issue/oa-mainichi/dza5dwfea1q6?utm_source=Twitter&utm_medium=share&utm_campaign=none



楽しそうだ。
https://twitter.com/hama_danosakaba/status/1317431594739585028?s=09


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