朝6時前に起きて、9/20に城下の元開橋まで歩いた時に、太田川を挟んで向こう岸に
見えた向天方上を歩こうと思い家を出る。太田川の橋「天森橋」に併設した歩道橋を
渡って向天方地区に入る。見上げる山の頂上には「城ケ平公園」および「天方城址」が
あります。天方城は1394年室町時代に山内氏が築城。1569年に徳川勢に攻めら
れて開城したが、1572年(元亀三)武田氏に下り、翌年再び徳川氏に属した。1579
年二俣城における信康自刃の検視役に天方城守通綱の名がある。末裔は福井の越前家に
仕える。城址は公園に整備されたが、幅3m、深さ2mの空堀が残っている。森町飯田に
残る飯田城址は、天方城の支城として1400年頃に築城したもの。昔のことに思いを
しつつ、太田川の堤防沿いの桜並木を歩いて川を遡る。毎年桜の季節には、多数の花見
客が押し寄せてくるが、私は父母から話をきいてはいるのだが、まだ見ていない。
桜の木も古く、根回りも30センチ以上の大木である。看板があり「桜並木を愛する会
」などと書かれています。確かに夏草の生い茂るこの時期ですが、並木の根本はきれい
に草が刈られています。彼岸花も草がない場所から生えています。約1kmにわたって
桜の並木が続きますが、最初から最後の木まで草刈りがされていました。これは凄い。
桜の並木が終わりが見えてきた当たりに山に付いた場所に、白い長い建物があります。
城下から見たときに何の建物か分からず、確認にきました。(笑)ホンダ技研関連の
物流倉庫でした。建物全長が約300mあります。細長い建物です。帰りも同じ道を戻
りました。かつては太田川も治水の面で、赤松地区の崖や、三島神社の社の下の崖に
ぶつかったり、流れを自在に変えていただろうと想像します。現在は、築堤技術も進み
蛇行せずに流下します。しかし、太田川も上流にダムができて、魚や生き物には環境が
悪化しました。
本日、午後1時13分ごろ、震度3の地震がありました。先日、耐震診断を受けました
で、一瞬ヒヤリとしました。
ログインしてコメントを確認・投稿する