・竹下派こと平成研究会の先代の領袖は、額賀福志郎だった。
・額賀は安倍総理と近い関係にあったが、それを派閥の伸長に活かすことができなかった。
・額賀の手腕に不満を持った派内参院のまとめ役・吉田博美は、竹下亘を旗頭にしてクーデターを起こした。
・引退後も派閥内に強い影響力を持っていた青木幹雄の力添えもあって、クーデターは成功した。
・18年総裁選。一部に石破を推す声もあったが、竹下や吉田は派閥として安倍を支持するつもりで、準備を続けていた
・しかし、息子の選挙で石破の支援を受けていた青木幹雄は、石破への支持を竹下や吉田に頼んだ。
・先のクーデターで力添えを受けた手前、青木の頼みを断れなかった竹下と吉田は、参院所属議員を石破支持・衆院所属議員を安倍支持に振り分けるという折衷案で双方への義理を果たしたが、一致団結して動けなかったことで 党としては大いにメンツを潰すことになった。
・総裁選から程なくして竹下は食道がんであることを公表。治療は成功したが、復帰まで約一年を要した。
・竹下のがん公表から程なくして、吉田も脳腫瘍を公表して政界引退。約一年後に亡くなった。
2018年の総裁選よりも孤立か 石破茂氏に竹下派幹部「少しは考えろ」?
https://news.livedoor.com/article/detail/18874034/
>「彼はあれ以来、竹下会長に一度も会いに来ていないんですよ」
18年の総裁選以来、石破は世話になった竹下に一度も会いに来ないと、竹下派からひんしゅくを買っているという話。世話になった人が大病したのに見舞いに行かなかったのだとすると、それはちょっとすごいなと。まぁ「これ以上 石破につきあうのは真っ平御免」ということで、竹下側から接触を断っていた可能性も捨てきれないけれど。、
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