4時半に起床。
フレスコで弁当を買って、西洞院を下がる。
新町五条でタクシーを捕まえて、京都駅へ。
18きっぷトラベラーのお馴染み、5時21分の快速網干行きに乗車。
今日はダイヤ改正当日であるが、この列車はまだまだ、現役だ。
車輛は223系、これだけは随分と変わって来ている。
車内は意外な程に空いている。
コロナの影響だろうか。
フレスコで買った弁当を食べて、睡眠。
六甲道で目が醒めた。
雨が降っている。
やはり、天気予報は当たっているか。
そのまま、また寝る。
東姫路で目が醒めた。
次が姫路。
7時30分の到着。
次の列車は7時31分新見行き。
車輛は115系。
しかし、何時もより全然空いている。
立席の乗客が全くいない。
座席さえ選ばなければ、座れる事は出来る。
それくらいに空いている。
冬や昨年夏の18きっぷでは、立客でかなりの混雑だったのだが。
瀬戸で、特急「スーパーいなば」の通過待ち。
8時48分の発車。
通学の学生で、ようやく立席も出ていた。
そして9時8分、岡山に到着。
9時11分発の三原行きに乗り継ぐ客はいたが、それも大した人数では無い。
倉敷で、殆んど降りて、空席が目立つ様になった。
岡山県を進むにつれ、天気が良くなる。
まさに「晴れの国」と言われる事はある。
笠岡で、まなにゃーさんと合流。
福山には10時10分到着。
荷物をコインロッカーに入れ、10時20分のトモテツバス、鞆港行きに乗車。
鞆の浦へ行くのは1998年3月以来、22年振り。
11時前に、鞆港バス停に到着。
まだお昼には早いから、鞆の浦の町を散策する。
保命酒の太田家を抜けて、鞆の浦のシンボルとも云える常夜灯へ。
鞆の浦は、映画のロケ地としても有名で、数多の作品が撮影されている。
直近だと、実写版の「銀魂」でもこの常夜灯が登場している。
なので私が「銀さんで行って良い?」と前もって聞いてみたが、速攻で「駄目」と云われた。
常夜灯の近くにある、「いろは丸展示館」に入る。
1867年、鞆沖で紀州和歌山藩の明光丸と衝突し沈没した海援隊の船、いろは丸の引き揚げ物等を展示している。
更に、鞆の浦にあった龍馬のかくれ部屋もジオラマで再現していた。
11時半に、地元で50年続く「鯛亭」へ。
開店と同時に満席になる。
メニューは、鯛めしセットDXを注文。
酒は酔心の熱燗。
鞆の浦の鯛は名高く、また鯛めしも瀬戸内の名物。
実に美味である。
食事の後、福禅寺対潮楼へ参拝。
対潮楼は、江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用され、日本の漢学者や書家らとの交流の場となっていた。
対潮楼から眺める仙酔島、弁天島と多宝塔、更に隣の皇后島は、まるで一幅の絵画の様。
皇后島は、神功天皇の三韓征伐の際に、仙酔島に渡る前この島に船を漕ぎ小舟に乗り換えて移動したことから、「皇后島」と名付けられたと伝えられている。
対潮楼を後にし、福山市営渡船場へ。
12時50分発の平成いろは丸にて、仙酔島へと渡る。
沖に出ると、22年前に宿泊した「鞆シーサイドホテル」が見えた。
当時は「鞆の浦シーサイドホテル」と云うホテルだったが、今は建物の老朽化で営業を止めている。
一階にテナントとして入っている蕎麦屋だけが営業していた。
弁天島を横に眺め、仙酔島まではすぐに到着する。
海岸沿いの道を歩く。
時折、雨が降るから雨宿りしながらの移動。
目指す目的地は、五色岩。
青・赤・黄・白・黒の五色の岩が海岸に延々と1キロに渡って続いており、日本では唯一のもの。
雨が酷くなって来たから、13時35分の平成いろは丸で鞆港に戻る。
続いては、龍馬の隠れ部屋のある桝屋清右衛門宅へ。
ここは、いろは丸事件の際に坂本龍馬が数日間滞した商家。
当時、命を狙われていた龍馬が「才谷梅太郎」という変名を使用し身を潜めた隠し部屋が、屋根裏に現存している。
鞆の浦は、潮待ち港として大いに栄えたから、数多の豪商の建物が残っている。
その中に、鞆の津の商家として公開している旧家があった。
豪華な雛人形が飾られている。
そして、また雨が降って来たから、福山市鞆の浦歴史民俗資料館へ。
此方でも、鞆の浦の豪商の雛人形が飾られている。
御殿飾りと云い、五段、或いは七段の雛飾りの一番上に、寝殿造を模した建物が乗り、その中にお内裏様とお雛様が鎮座している。
他では類を見ない、何とも豪勢な雛飾りである。
2階は、日本が生んだ偉大な音楽家にして箏曲家である、宮城道雄のコーナーになっている。
宮城道雄の父親の故郷が、鞆の浦であった。
まなにゃーさんが昔、琴を習っていたとの事で、「さくら」を弾いていた。
更に、鞆の浦の雛人形と撮影出来るコーナーもあった。
雨が上がったから、資料館を出る。
資料館のある高台は、鞆城の跡で元々は毛利元就が築城させた鞆要害である。
京都を追われた足利義昭が滞在し、鞆幕府と呼ばれた。
後にになると福島正則が鞆要害の整備し、鞆城と呼ばれるようになった。
しかし、余りにも巨大な城郭に、徳川家康が激怒し、廃城となった。
その鞆城跡を下がると、尼子家再興のために「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話で有名な尼子三傑の1人。
山中鹿介首塚がある。
播磨の上月城に、尼子勝久を将として、山中鹿介は立て籠もっていたが、小早川隆景の毛利氏の軍勢三万に取り囲まれ落城。
鹿介は捕らえられ高梁川と成羽川の合流点にある「阿井の渡し」で殺害された。
備中松山城に在陣していた毛利輝元は、そこで首実検をし、更に鞆要害へ送られ室町最後の将軍である足利義昭も首実検したと伝えられる。
そろそろ、15時も過ぎてまなにゃーさんがお疲れモードになったから、常夜灯の近くにある古民家カフェ「茶房とうろどう」へ。
まなにゃーさんは、ココアを。
私は鞆の津スカッシュ保命酒を頂いた。
カステラ付きで、なかなか美味。
その後、銀魂のロケ地を回りながら、鞆酒造で保命酒を買う。
保命酒は、生薬を漬け込んだ薬味酒で、とろりとして甘い。
地黄、当帰、山薬等が入り、疲労や冷え性、頻尿、尿減少等に効能があると云う。
トモテツバスセンターの土産物屋を覗き、鞆港発16時18分の福山行きに乗車。
流石に疲れたから、車内では爆睡していた。
福山で、天満屋の地下の土産物屋を見て、17時半頃、晩飯に。
駅近くの居酒屋「魚鮮」へ。
地場の旨い魚を食わせる店である。
先ずは酒。
三次の地酒「瑞冠」純米発泡。
そしてこの時期ならではの、サワラ塩叩き。
更にハゼの天婦羅。
ハゼの天婦羅など初めて頂いた。
さっくりとして、身はホクホクと甘味があり、実に旨い。
キスの天婦羅より、上であると思う。
そして、お任せ握り十貫。
まなにゃーさんもご満悦。
更に瀬戸内と云えば、矢張り穴子。
穴子造りは頂かねばならない。
随分昔に、呉ポートピアで「ひぐらしのなく頃に」合わせをやって、そのアフターで頂いて以来である。
他にも、この時期の瀬戸内と云えば、シャコ。
シャコの一味焼き。
更に、シャコの造りなんてのもあった。
シャコを造りで頂くなど、初めての経験である。
甘エビよりも上品な甘味があり、えもいわれぬ旨さがある。
酔心の熱燗を追加で頼む。
勿論、大徳利で。
なので、随分と飲み過ぎた。
19時5分の井笠バス、美の浜バスターミナル行きに乗車。
市民会館前で下車し、まなにゃーさんパレスへ。
荷物を置いて、ハローズ笠岡店へ。
鴨方うどんやら、色々と買い物をして、まなにゃーさんパレスへ。
疲れもあり、爆睡して仕舞った。
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