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2020年02月12日13:21

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智将・野村監督を悼む

■野村克也さん死去 生涯捕手貫いたノムさん最後のボヤキ
(AERA dot. - 02月11日 10:25)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=5969004

日本プロ野球界の巨星であり、至宝とも言える人だった。
先日の大投手金田に続き、また一人昭和のプロ野球人を失った。
日本で野球を最も知る人だった。

赤貧洗うが如しの境遇からテスト入団生から、努力と知力で這い上がり、
戦後初の三冠王、ホームラン、打点など王選手に次ぐ
日本プロ野球界史上NO.2のバッター記録を殆ど独占している。





肩は弱かったが、絶妙の配球と駆け引きでの頭脳で
名捕手となった苦労人である。
その真価は監督になってから更に発揮された。

ライバルである西鉄・太平洋の稲尾投手とともに
当時の南海のプレーイング・マネージャーとなった時から
始まった。当時の流行だったかも知れない。

監督としては稲尾と明暗を分けた。稲尾は名コーチではあったが
名監督にはなれなかった。稲尾は我侭ではなかったからである。
リーダーの器のたった一つの条件は「我侭」だからだ。
自分の信念・やり方を曲げない我侭さを持ってないと
リーダーにはなれない。野村にはそれがあった。
現役時代、稲尾の決め球をシンカーではなくシュートであると
看破した蓄積されたデータと豊富な経験がそれを支えた。


育成と再生の名将。
ヤンキーズのマーくんやメッツの新庄を育て
江夏や江本や小早川を再生させた。

『マー君、亀の子、タワシの子』、もとい
『マー君、神の子、不思議な子』 や

『勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負け無し』
(※まぐれで勝つことがあっても、敗北、即ち敗因には必ず理由がある)

“ぼやきのノムさん”は
昭和の「管理職」のヒーローだった。
野村監督を見るたびに、昔、仕えた上司を思い出す。

アテクシが新入社員で入社して配属されたフロアーには
3人の部長さんがいた。

・ ××部長の「 説 教 」
・ ○△部長の「 愚 痴 」
・ ●○部長の「 ぼ や き 」 と

社内で揶揄されるそれぞれ名物部長さんだった。
その特徴は部下を叱る際や酒の席で発揮された。

アテクシは三部長のぼやき部長の下に配属された。
隣の部署の説教部長の横に立たされ懇々と説教を
垂れられる同期や酒の席で延々と愚痴を聞かされる
同期と比べたらマシな方ではあったろうが
それでも、大変な面もあった。

時折、ウインドウ・シャッターの隙間を指で広げながら
窓の外を眺めながら、

「あ〜ぁ、おカネが空から降ってこないもんかなぁ、、、」

とぼやきとも独り言ともつかいない言葉を呟く。
コレを聞き逃してはならない。
コレは「今月は、プレゼン費用や接待費などの予算がもう無いよ」
のサインである。

「あ〜、こりゃチョーシ悪りィなぁ、、、」
コレは、「コレは非常にマズい、危険信号、要注意!」という意味。


部員はコレを斟酌・忖度して一斉に動かねばならない。
部下を叱る場合も、直接的な表現を嫌い、感情的に怒りもしない
淡淡と暗喩や比喩、寓話に満ちた哲学的なものだった。
人によっては理解りにくい、まわりくどい、暗い、嫌味っぽいと、
とるひともいたかも知れない。

入社してしばらくは、ソノ独特な言い回しを理解しかね
先輩から翻訳して貰っていた。
いつしかアテクシも、部長が「あ」と言えば「云」と答えるチームの一員に
なっていた。

あれから幾歳月、アテクシも管理職になり、その時の彼らの口癖や
言い回しが時折口を突いて出るときがある。

以前、その折の新入社員時同期に会った時に、
「お前は、アノ部長そっくりになった」と言われた。

あの時の三人の部長さんは「昭和の管理職」の典型だったかも
知れない。現在の令和の新入社員には耐えられないクセの強い
上司だったかもしれない。

そういった意味では野村監督もその範疇に入る。
彼の人気のヒミツもそこにあったかも知れない。

悪妻サッチー、恐妻家、愛妻家。ソノ側面も昭和サラリーマンの
共感を得た要因だろう。

自身を「月見草」と称し、ライバルの王、長島を「ヒマワリ」と評した。
ONは対外的に長島亜希子夫人や王夫人らが外向けの家庭の面しか
見せなかったのに対してサッチーはどんどん前にしゃしゃり出て、
暴露して行った所為で野村監督にプライベートはほぼ無いとさえ言われたw

後に常勝中日を作り上げた落合監督
オレ流三冠王落合に監督になることを勧めたのも野村である。
野球を教えることはむずかしいという落合に対して
野村は選手に野球を教えたことは無い言い背中を押した。

少年野球教室で教える時は技術を教えたことは無いと謂う。
いかに「野球を好きになってもらうか」のみを心がけたという。

紛れも無く 、魔術師・三原脩、仰木彬と並び立つ智将であり、

日本プロ野球界に燦然と輝く名選手であり名将であった。

野村監督、日本の野球を面白くしてきてくれて
本当にありがとう。天国でサッチーと安らかに
お過ごしください。

合掌。



【野村が解説する江夏の21球グッド(上向き矢印)】
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