「よろいを脱ぎ捨てて生きよう」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20323 (写真入り記事)
心が無防備だと、「人の言葉や対応で傷つけられる!?」と恐れて、何があっても傷つかないように心によろいを着て、自己防衛をする人がいます。
しかし、よろいを着ることで傷つかないだろうと思ったら、もっと傷つくことがあります。誰も本当の心をわかってくれないからです。
さらに、こちらが心を閉ざしていると、相手も心を閉ざしてくるので、とても寂しいものです。
いっそのこと、こちらから思い切って心を開いてみることです。そうすると、相手も心を開いてくれて、傷つくどころか、相手の心と触れ合えるので、うれしくなり、元気になれます。
心によろいを着て、心を閉ざすことで傷つくことから自分を守ることは、何の役に立たないどころか、間違った思い込みです。
ちょっとやそっとの傷でふさぎ込んで、自己憐憫し、悲嘆に暮れるのではなく、そこから立ち直り、立ち上がっていくときに、人はたくましくなっていくのです。
神を信じ、神に祈り、神と共に歩んだら心のよろいは必要ありません。
心をおおっているよろいを脱ぎ捨てて、心を開き、さあ、相手の懐に飛び込みましょう。
「しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。」(�競灰螢鵐�4:7-18)と聖書は語ります。
「たといノックダウンされることがあっても、ノックアウトすることはない」という意味です。
人は恐れる存在ではなく、愛する存在だからです。
すばらしい一日でありますように。
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