最初に大正12年11月11日の内閣総理大臣 伯爵 山本権兵衛 の名の「告諭」なる文章があります。カタカナ混じり文で読みづらいので、最初のみをかな混じり文にて転記。
ここに帝都の復興に関する 聖詔を拝せしに今又精神振作の大詔を下して国家興隆の道を
しめしたまひ国民をして其の向かふ所を知らしめたまふ。叡慮深遠誠に感激の至に堪へず。
謹みて案するに明治天皇夙に開国進取の国是を定め積弊を一新して庶政の改革を断行したまへり是に於いて民心一時に作興し質実剛健の気風を以って文化を開発し国運の隆隆たる前古其の比を見す後教育に関する勅語を下して其の大綱を諭し国体の尊ふべく淵源の重すべきを
知らしめたまへり。日清日露の両戦役に偉績を奏せしは実に教育勅語の明効なり(以下略)
現在で云うと、中学生年代から上記の文章が生徒手帳の一番最初のページに掲載されていましたね。目次と、注意書が見開きです。その裏に保証人と副保証人、担任の確認印もある。
次のページが欠席届です。5行3ページですから15日分ですね。5年間で。
最初が校歌です、五線譜の音符と、歌詞が5番までありますね。作詞作曲者の名前もあるけど字が小さくて読めません。(閉じがばらけて順序入れ替わり)
体重検査(三学年時のみ記載)競技検査(記載なし)100m走。幅跳び、砲丸投げ、懸垂他
次が身体検査記録。1~4年次記載あり。
次は成績表(通知表が記載されています)5段階(甲乙丙丁戊)
最後は生徒心得
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