お盆休みは「連休有り」が半数以上 10連休以上休める人も
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さて、南関東は今日から「海の日」(15日、月曜)まで、お盆の入りと重なりましたが、梅雨寒の今日、そちらはいかがお過ごしでしょうか。
昨夜は、ご先祖様が大挙して”我が家”に帰省し、にぎやかな一夜でした。
中でも 父方の 養子縁組で長男になっていた、「I伯父」が、懐かしい話を見せてくれました。(夢に現れて)
I伯父は、海軍幼年学校から呉軍港所属の飛行機のテストパイロット養成組でした。
それが親戚の「つて」で、宮大工をしていた祖父の養子となり。
19歳の頃、呉軍港から高知の軍港まで新型飛行機の輸送で、父の通っていた国民学校(今でいう小学校ですけど)の上空を編隊飛行で飛ぶという話が愛媛にも入りまして…
校長先生から朝礼で「今朝、らぎちち君の お兄さんが、新型飛行機で この校庭の上空を飛びます、皆さんで日の丸の小旗を振って応援しましょう。」と告げられたらしい。
らぎちちは、当時 小1でしたが はにかみながらも、誇らしかったそうです。
ところが。
その後、間もなく終戦。
I伯父は、実戦配備に参加させられることなく除隊しました。
国家の危急存亡の秋(とき)。
なぜ、伯父だけ 外されたのでしょうか・・・
理由は、父方の実家の 長女Y伯母と駆け落ちしたための「不名誉除隊」でした。
個人のロマンスを優先しての、敵前逃亡です。
よくて軍法会議で投獄、下手をしたら、当時なら銃殺ものの珍事です。w
I伯父は、血のつながらない 養子先(祖父宅)のY伯母(18歳の女学生)と、ある日駆け落ちし 大阪にて空襲の難を逃れ小さな貿易会社を営んでいた、というところまでは 消息が分かっております。
その後、オレが大学進学のため、上京(といっても、愛媛から京都に)するまでは 一族の間では、I伯父とY伯母の話は「スキャンダラスな過去」として、長らくタブー視されていましたが、お盆が来るたび思いだされるので 伯父・伯母を 心憎く思っていた父(祖父母が間もなく病死し、長男の役割を一手に押し付けられたから)と親戚には内緒で、ここだけに書き置きさせていただきます。
オレは、その話を父から聞いて、
「終戦前に駆け落ちで不名誉除隊するとは、やるなァ おじちゃん。情熱家。」と、
ひそかに尊敬しましたので。
続きは、のちの日記に譲ります。
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