東京大空襲から74年、慰霊法要
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さて、昨日の3/11は東北大震災から8年、防災祈念と追悼の日。
一昨日の3/10は、東京大空襲から74年、平和祈念と追悼に日であった。
最近は、この両日が連続している為、大空襲の方はやたらと影が薄い。
勿論、被験者や犠牲者の多くが、鬼籍に入られ人々の記憶から
忘れ去られかけているとのもあるだろう。
前者は、大地震や津波等天災に対する防災の備えや気構えが繰り返し喧伝され
後者は、戦争による戦災の惨さ愚かさ、繰り返すまじ、平和の尊さというのが趣旨である。
どちらかというと、「天災」という災厄に対して我々人間が関与できる備えと云うのは少なく
「戦災」という名前の人災に対して未然に防ぐ割合は高いと思われる。
勿論、前者には「原発電源喪失」及びその対処という「人災」も絡んではいたが、、、
と、云うことで3月10日の日曜日には、東京都平和の日・平和祈念講演
「骨が語る戦没者の最期―太平洋諸島を中心に遺骨収集の真実―」セミナーに参加してみた。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480016706/
講演者は、大妻女子大学教授・楢崎修一郎博士である。
彼は、厚生労働省遺骨鑑定専門員であり、この8年間、東北大震災の犠牲者
1万9千人の内、行方不明者約6千人の遺骨鑑定にも従事してきた。
その他、S.R.I(科学捜査研究所/科捜研)の委託研究者であり、法医学研究室
の事件捜査協力の仕事もこなしている。
しかし、彼の本業は、「文化人類学者」であり、日本国内のネアンデルタール人研究の
第一人者でもある。30年ほど前インドネシアで日本人としては初めてピテカントロプスの
歯の化石を発掘した。当時のジャワ原人である(※現在はこの区分は使われていない)
彼はが長年ライフワークとしているのが、
「太平洋諸島に眠る英霊の遺骨113万柱の帰還」である。
何故、文化人類学・法医学鑑定のプロの彼が遺骨収集に関与しているのか?
それは、間違って現地人の遺骨を日本に持ち帰るわけにはいかないからだ。
年代・人種・性別・年齢・死因等をDNA解析やや炭素測定法他を駆使して
遺骨は日本人であると確定させて日本に持ち帰る。
時には遺留品や、厚生省戦没者リスト、戦史・戦友会の記録と照合し
個人まで特定して帰還させた例がある。
未開の地では原住民のさまざまな妨害や理不尽なおカネの要求に遭ったり
劣悪な自然環境など、数多の困難が待ち受けているという。
中でも、化石など人類学研究以外のこうした遺骨の収集では厚労省の検疫ですら
障害になるという。なかでも 『 焼 骨 』 と云う作業。
衛生や検疫的な観点で言うと日本には “ ナ マ ” の骨を持ち込んではイケナイらしい。
でもソレをして本気で現地で荼毘に付してしまうと、それ以降の身元の確定が出来なくなったり
遺灰と遺骨は違うのだという妙なリアル。
色々、不思議な話も聞けたりした。
『焼骨』中にホネが泣く奇妙な現象が起こったり、戦没地点を捜索中に急に足が重くなったり
すると必ずソコには遺骨が眠っていたり。
捜索を終え、遺骨の分類も終えて日本に帰る日。飛行機に搭乗する日だけは
どんな雨季のドシャ降りの日でも、必ず日本晴れに晴れ渡るのだそうだ。
この日も、一週間前にマーシャル諸島から日本に帰ってきて、
東北大震災の慰霊を済ませたら、トンボ帰りで、テニアン島に渡るらしい。
彼、楢崎修一郎博士は、4月末に大妻女子大博物館長を退官され、
ライフワークの太平洋遺骨収集に専念されると言う。
【千住明 「鉄人」よりResurrection of Invincible Soldier/蘇る無敵の兵士】
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