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2019年02月24日11:21

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「強固に守る」とは「強固に守らない」という事


この「言葉にすれば論理矛盾」それが正しさの証しです

仕事上でもイイ。討論の場でもイイ。男女の恋愛でもイイ。何事でも同じ。

「己を守りたい、強固な武装をして、勝者になりたい(負けない)」

道理として、この「もくろみ」は失敗する(必ず失敗する)。
だから失敗しない為に、逝くまで、非常に困難な日々を送るハメになる。
それは、とても疲れるし、最後の最後、逝く瞬間に、すべてひっくり返って
「ああ、無駄な生涯だった」で終わるものである。
或いは、
その疲れに負け、中途半端に=やり直しができない老害で、挫折し、
その間の多くの時間を捨てる蛮行である。

小生は「無駄な生涯」に反対はしない。すべては他人様の自由である。
蛮行でもったいないとは思うが、他人様の自由に反対などはしない。
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<カラダに習え>

「強固に守る」とは「強固に守らない」という事
これを実現しているのが「カラダ」である。

ほんの一例「爪」
・アナタは考える。「強固な、何ものにも負けない爪を作ろう!」と。
・そうして何十年もかけ、地上最強の強度の爪を作り実装した。
・何十年もかけただけの事はあり、多くのシーンで最強の爪は勝った。
・アナタは満足した。
・数十年後、アナタが逝く、1日前、最強の爪は破壊した。
・アナタは茫然とした。すべて失敗だった。もう、あと1日だけ。
・どうしようもない。

さて、とっても賢いカラダはどう考えたか。

・「強固な、何ものにも負けない爪を作ろう!」
・しかし、それは無理だと考えた。
・目的は「守られる事」だ。カラダは、因果の因を忘れなかった。
・ならば、壊れてイイ、何度も壊れて、何度も再生すればイイ。
・それで守られる、と。
・そうして爪は相応に強く、相応に壊れ、しかし、再生する事で
 常に守るは達成された。

仕事上でもイイ。討論の場でもイイ。男女の恋愛でもイイ。何事でも同じ。

目的は「己を守る」なのだろう?
その因果の因であるなら
「絶対壊れない最強」ではなく「壊れる、負ける、勝てない」しかし、
「壊れ続けはしない、負け続けはしない、勝ち続けはしない」
それでいて「常に己は守られる」そういう「何か」を思索すべきである。

だって、事実としてカラダはそうやって成功しているのだから・・・。

「受容」であれば「海の受容」に習うべし。
「守る」であれば「カラダの守る」に習うべし。

因果の因!

早急に焦って、方法論を探す道に入るべきではない。
方法論など、何も考えずとも10や20くらい、ネットに転がっている。
アナタはどんなに熟慮したつもりでも、その10や20くらいを実践する
程度の事だろ?違うか?
オツムは、そんなところに使うべきではない!時間がもったいない。
オツムは、方法論、その以前で、つまり、最初の最初で使うべきだ。
ネットで落ちてる程度の方法論を横目で見ながら、因果の因に立ち戻り、
熟慮を重ねるのだ。

仕事の事で言おう。

・給料アップの為、
・今の仕事を失わない為(他者との競争に勝つ為)
・総じて、生活の為
・アナタは、どういう武器、武装を手にすれば有効か?を考える。
・恐ろしい速度と、信じられない細かさで方法論を模索する。
・そうして実践する、勉強する、努力する。
・或いは早々に挫折し、或いは成功し、相応に会得し、相応に効果が出る。
・しかし(断言するが)その武器/武装は、時間の問題で無効化される。
 (爪が壊れるのとおり)
・その時、アナタは途方に暮れる。
 「ああ、今までの努力が・・・」
 「選択が、間違ってたのか・・・」
 「時代のせいか・・・」
・そうして、元気があれば、アナタは同じ事を繰り返す。
 或いは成功して、また、ソレを始める。
 或いは挫折して、やめる=もう歳なんだから仕方がない、と。

実は、企業人の多くは、学歴/職種/能力、問わず、皆、このパターンで
説明できてしまう。しかし「カラダに習って爪」を発想/実践する者は
(想像だが)ゼロである。
単に自堕落/やる気のないだけの輩が、外目に、そう見える事はあるが、
単に自堕落/やる気のない輩は、爪を守ってもおらず、単に自堕落/
やる気のない輩は爪が壊れているだけの話しである。

討論の場でも(言論理論武装)、男女の恋愛でも(もてる必勝法)、
まったく同じだ。つまり、「カラダの爪・のセンス」の事を言っている。
道理、モノの考え方の、その考え方である。その結果である方法論などに
興味はない。方法論は、総じて愚策である。
・方法論の問題は、
・その方法論が善いか悪いかではなく
・アナタにとって、その方法論のチョイスが善いか悪いか、という
・方法論を選択する「アナタの問題」である
・方法論に責任はない。己にマッチしない=己の問題解決にならない
 方法論を選んだ、選択失敗がすべてだ。

小生は「作法として、前段のカラダに習え」だけを提案する。

あとは、個人個人のセンス、個性で方法論は様々あろう。
そこまで用意する失礼はしない。だって「アナタの生涯」なんだから。
「己の生涯」くらい、己で責任を負ってデザインしていただきたい。
それをしなければ、せっかく、この世に生まれてきた価値も無い。

「うまく行く事」が成功なのではない。
「アナタだけの、オリジナルの生涯を堪能する事」がすべてだ。
結果はどうでもよい。

「オマエはカラダに習えを実践したのか!結果を出したのか!」ってか?

勿論、実践し続けているし、結果を出し続けている。ウソではない(笑)
自分に出来ない事を他人様に言う程、失礼ではないし、こんな事でウソ
をついて、己に徳な事は何もない。

小生は
・強固な武装をせず、しかし、守り、
・よく負け、しかし、結して負け続けず、
・「カラダの爪」を師匠として、それに習い続けている(※)

・負けても、負け続ける事は無いと理解しているので慌てず
・勝っても、勝ち続ける事は無いと理解しているので嬉々ともせず
・常に、どんな時も己は守られているので、安堵しかなく=不安がなく、
・それが「森羅万象との絆」がもたらす境地である。

あるのは6億円が当たらない不愉快程度である。これは、さすがに
「カラダの爪」では、如何ともし難く(いかんともしがたく)、
「如何ともし難い事・すらも在る」という事が人生の豊穣として、
これまた問題ないのである。
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※
弟子殿、
アナタの師匠にも師匠がいる!という事ね。
オウムで述べたが
「アナタの教祖の危険度なら、教祖が別の師匠の元で学んだ事がない
 独学の師匠なら相当、危険があり、注意が必要だ」そうして麻原はダメだと。

小生は
 ・「ブッダ」という正しい師匠を持っている
 ・「森羅万象」という正しい師匠を持っている
その弟子なんだから大安心だ(笑)。

小生は
アナタの人格、性格、性根、などのパーソナル(欲望や愚かなところまで)、
書きかえたりしませんから。そんな低レベルなナマ悟り師匠ではないので・・・。
それでいながら、「業(ごう)」や「思考(マインド)」の処し方を熟知して
いますので。
 (「欲望や愚か」を残しながら「業の問題」を説くって、己では大したものだ
  と思うのだが、誰も崇拝してくれん(笑) )

正確にいうと小生は「処し方」自体は、そんなにパターンを知らないのだが、
・「業」や「マインド」の正体/本質
・それらが様々なシーンで変形される、多くのパターン
を熟知している(そういう局面の察知に感度がある)。




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