■終戦の日、平成最後の追悼式 遺族5500人が参列
(朝日新聞デジタル - 08月15日 10:34)
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以前の日記でご紹介したとおり、今年になって長崎のキリシタン文化遺跡群は
ユネスコ・イコモスにより「世界遺産」に認定された。
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長崎県〜熊本天草にかけての教会群であるが、その裏でコソーリ、一番重要な
施設が意図的に外されていた。 「浦上天主堂」である。
国宝「大浦天主堂」が、現存する日本最古のキリスト教会ならば、大浦に
助けを求めてやってきた隠れキリシタンのためにドロ神父等が一生懸命に
建てられた2番目に古い教会であった。
広島 と 長崎の原爆慰霊の日に、広島は、「原爆ドーム」 、
長崎はアノ変な真上と水平を指差した邪神像 バックで
イメージのギャップを奇異に感じたことがあることだろう。
実はあったのだ。長崎にも原爆ドームが。
広島の原爆ドームは鉄筋コンクリート銅葺き屋根の産業奨励館だったが
長崎は、『 教 会 』 だったのだ。
新教徒ピューリタンのメリケンとはいえ、連中は戦争の最後に
やっちゃならんことをしでかしててしまったのだ。
こともあろうに、戦争とはカンケーのない非戦闘員の、それも
カトリック教徒の頭上に原子爆弾をおっことしてしまったのである!
これは、メリケンにとって、どうしても
消したくてしょうがない戦争の汚点であり、黒歴史である。
戦後、物凄い勢いで米国政府から圧力と復興義捐金のアメとムチの
キャンペーンが開始され、長崎市長と長崎管区司教は米国に招待接待され、
この原爆遺産を取り壊すことを強要された。
市長と司教は札束で頬をはたかれるようにして屈してしまった。
原爆投下後10年後、旧浦上天主堂は取り壊され
アノ、邪神像と新しい天主堂が米国の義捐金で
代わりに建てられたのである。
後に大司教となった山口氏は、
『 隠れキリシタンの終ってん、原爆で伴天連乞食でござる 』
と死ぬ前に皮肉交じりに笑って答えた。
戦後、73年経っても、未だに『 浦上天主堂 』は
アメリカの原子爆弾投下に『忖度』して世界遺産から外される現実。
昭和 平成 と 二世にわたっても、
長崎県民に対する米国のアメとムチは終っていないのである。
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