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2018年03月08日04:11

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春分前に我想う、絶望し目覚める情熱。 かとうゆかさん

春分前に我想う、絶望し目覚める情熱。


春分前になるといつも、
生きることの目的や原点に立ち返ります。


私は何がしたかったんだろう

どう生きたかったんだろう

何を求めていたんだろう



そして何に心弾み、何にハートが熱くなり、
自分自身がどうありたいのかを深く問われるような感覚。


春のムードに誘われて、
クリエイティビティの拡大と、
これから花開いていく可能性に心踊りながら、
「その時」がくるのを待つような気分。


春がくる嬉しさと、何か懐かしいような思い。

心をくすぐるこの時期が大好きで、
新しいことを始めたくなります。


今年の春分は、ワクワクとする開花ムードとは少し違った、
「いざ出陣!!」という、
不思議な決心と共にあるような気がします。


そして、嫌ではないキリッとした覚悟もあって、
「人生」に対して「取り組む」感覚が強化されいています。


きっと、去年の暮れに土星が山羊座に入った影響で、
具体的なものや、結果を生み出すものに、
心も体も向かっていくような流れなのだと思います。




昨日、友人と有意義な話をする時間がありました。

この春から取り掛かりたいと思っているプロジェクトに関して、
意見というか、感覚をシェアしてもらうような時間。


スタートしたいプロジェクトとは、
多くのクリエイターやアーティストと関わっていくこと。


この流れも個人的には「春分」のムードにマッチしていて、
自分の原点であるアートやクリエイティビティに再び、
立ち返るようなことでもあります。


私が人生に求めているものを明確にしていくと、
やはりクリエイティブな表現や感性が刺激されるような生き方は、
切っても切り離せなものだと、
特に春を迎えるたびに何周も戻ってきます。


しかし、本当に望むスタイルでできるまでは、
アートの世界に軽く踏み込みたくはない。

なんとなくやってる気分を味わうことでは物足らず、
本当に望んだ活動ができる基盤が整うまでは、
なかなか着手できないでいました。


私にとってアートは「生身の生き方」から派生した、
表現であり形であり色であり音。

アートそのものが「生き物」でなければ、
それは自分にとってはアートと呼び難いものです。



他の誰かがどう表現するかは、
その人の趣味嗜好や捉え方であり、
自由であっていいと思います。

しかし私が何かを表現するのであれば「生き方」から生まれ出た、
生き物のようでなければ意味がないと感じています。


私にとって1ミリの妥協なく
生きることのできる人生を築き上げることは、
アートにおける作品作りの、
素材作りのようなものであると感じています。


この春から始めたいこととは、
ここから始める大きな大きな作品作り。

人生をかけて行う大きな作品です。


自分が思い描く作品を完成するには、
志や感覚を共有でき、「生き方」から表現することのできる、
多くの天才クリエイターやアーティストがいて実現するもの。


私が創りたいものは、
精神性とクリエイティビティが
世の中の価値をリードしていくような、
心が踊る世界を創造すること。

面白い世界を創ることが、
人生をかけたアート作品作りです。

いわゆる国造り。
(いわゆるって感じでもないですがw)




ある意味ルネッサンスのように、
アーティストやクリエイターたちが革新的な表現を
連鎖的に起こしながら社会の価値観や意識に
大きな影響を与えていった時代。

テクノロジーの発達とクリエイターの多様性が進む現代で、
新たなルネッサンスのような時代の変化を巻き起こしていく。

そんな風に時代や社会の変革を起こすことが、
私がやりたいアートそのものです。



もしかしたら私は一表現者ではなく、
その生き方を率先するような立ち位置かもしれませんし、
何か自分も表現してくのかもしれません。

私の創り上げたいアートは、
社会変革。

多くのクリエイターやアーティストが、
自らの夢を実現する力を本気で発揮しない限り、
未完成のままになってしまいます。




これはクリエイターやアーティストに関わらず、
ある意味全ての人に共通していること。

そしてかつての私も同じような感覚を持っていました。

それは「変えられない何かがある」という思い込み。

自分の手では、自分の思い出は、自分の行動では、
どうやっても変えることのできないものがあるという感覚。


ある意味での諦めであり、
ある意味での社会や世界に対する絶望。




過去は変えられない。

自分は変えられない。

社会のシステムは変えられない。

国の決まりは変えられない。

親は変えられない。



与えられた環境や状況、過去に体験した全ては、
変えられないものとして処理してしまう。


しかしその絶望感の上に、
希望を描いても、夢や目標を描いても、
決してそこへ到達することはできません。


私たち人間が決して変えることができないものが
あると思っているもの。

それを唯一変えることができる方法があります。

それこそがクリエイション。

「創造」です。




変えたいものを変えようとするのではなく、
全く新しい望む世界をつくる。

そして変えたかった世界を捨てて、
新しく自分でつくった世界に移行する。


それが唯一絶望から解き放たれる方法です。



しかし、多くの人がかつての私のように、
絶望が根底にあるということすら、
気づかずにやり過ごしている。


特に問題を抱えていないが、
人生への情熱を失っていたり、
表面的な刺激や変化に没頭している多くの人たち。


自分が何を求め、何に絶望しているのか。


春分直前のこの時期は、
絶望を可視化する重要な時期。

言い換えれば、現在地や正直な気持ちを
直視することのできる時期。


それができずに春分を迎えては、
また絶望に偽りの幸福を塗り重ね、
誤魔化しの層が分厚く壊すことができない、
見えない箱に自分を閉じ込めることになります。


春分はその箱を壊し、
圧倒的な生命力と情熱によってスタートを切るタイミング。


今、精神的な苦しさを感じているのなら、
それは今に始まったことではありません。

今までもずっと絶望していたのだと気づいただけ。




自分自身を奮い立たせ、
心が折れることのないように生活を繰り返してきた、
これまでの生き方に終止符を打ち、
本当に望む生き方をスタートさせる準備期間。



この春から、クリエイターやアーティストが、
夢を実現するために必ずいつかはぶち当たる「経済的な問題」を、
真っ向からクリアしていくための方法を
共有していきたいと思っています。


「経済的な問題」はアーティストにとって、
変えることのできない問題という思い込みを打破し、
本気で夢を実現するために、そのテーマに切り込んでいきます。



自分の人生や生き方を表現や作品に直結できる
クリエイターやアーティストが増えれば、
この世界はもっと面白いものに
なっていくのではないかと思います。


生きる上での葛藤、絶望、
そして絶望が反転して希望へ昇華される。

その感覚が畳み込まれたアートが、
多くの人の心を動かし、人生に影響を与え、
またその人が誰かの人生を動かしていく。

「経済的な問題」の根底にあるのは、
社会との分離。社会への絶望感。社会への不信感です。


今の社会に絶望していてもいいし、
不信感があってもいい。

しかし、そうではない世界や社会をつくるのは、
この時代に生まれた私たち1人1人の役目なのだと思います。




あなたの生き方が、あなたの生きる姿から生まれた表現が、
世界を変えていくウェーブを起こしていく。

そんな連鎖を起こすことが、
私がつくりたいクリエイションでありアートです。

世界を面白くすること。
それが最も私にとって意味を感じるクリエイティビティ。

それが共にできる仲間を増やすべく、
クリエイターたちの「生き方」にタッチしていくようなことを
行なっていきたいと思っています。

春分を前に想うこと。


かとうゆか



https://ameblo.jp/kolob/entry-12358141471.html
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