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2017年09月16日17:37

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土曜ギリギリ日記259:三度目の殺人

勤め先の社長を殺害してガソリンで焼いた男、三隅。社長の財布を奪っていたことから、三隅は強盗殺人・死体損壊の罪で裁かれることになる。この三隅には、30年前にも強盗殺人を犯した過去があることから、検察の死刑求刑は間違いない。弁護を引き受けた重盛は、動機がカネ目的ではなく怨恨だったと主張し、減刑を図る戦術に出るのだが…



是枝作品の「三度目の殺人」、観てきました。これはネタバレ無しで語るのは難しい!ただ1つ言えるのは、解釈の余白が広い、極めて考察しがいのある映画だということ。そして是枝さんの作家性が極めてよく出た作品だということ。いやー、参った!


というわけで、以下は三度目のネタバレ。いや、1度目も2度目も無いんだが(笑)

フォト


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この映画のテーマは「嘘」と「裁き」。

まず、嘘と真実は絶対的な反対語ではないってこと。三隅の口から出る事件の経緯、そして映画として提示される殺害シーンが、嘘や想像なのか、それとも真実なのか、観客もキャラクターも判らないって構造が凄いんです。信じたいものが真実になる世界。それがこの事件の全容です。そう、信じれば嘘も真実になり得るのです。脚が悪い理由…屋根から落ちたという嘘も、本人には真実になっているのです。裁判システムを描いた映画としてリアルを追求するなら、これは理にかなったアプローチ。法廷では真実は意味がないからです。検察も弁護側も、限りなく裁判官が納得しうる「嘘(は言い過ぎか。ま、想像とすべきか)」を主張することで裁判を進めるんだから。

人が人を裁くことの…「是非」を描いたわけでも「問題点」を描いたわけでもなく、「現実」を描いたクールさも是枝さん的。キャラクターに安易なジャッジを下したり安易な泣かせ行動を取らせたりしないし、システムを弾劾したりもしない。でも、キャラクターには最後に何かを与える優しい視線も持っているんです。法廷映画というのは「判決」というゴールがあり、それがカタルシスとなるのが娯楽映画の常ですが、本作にはそれがありません。いや、三隅が自らを裁いて三度目の殺人を実行できたというオチをカタルシスと取ることも出来るかも知れませんが、それを信じるかどうかは、重盛と観客次第というわけですね。
また、十字架をモチーフにしている以上、やはり宗教への視点も考察すべきでしょう。神ではなく人が人を裁いている現実。これを突きつけることが、本作の最大の目的ではないかと思います。

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三隅と重盛が、ハリー・キャラハンとサソリのような見事な鏡面像になっているのも素晴らしい。娘の存在、裁判官への憧れ、タクシー内で窓を開ける仕草、人の死には鈍感でペットの死には心が揺れる…共通点ありすぎな2人だからこそ、アクリルを挟んだ対面シーンの緊張感が際立ちます。重盛=福山の「イヤな奴感」も是枝映画らしいというか(笑)

そして斉藤由貴の、現実とのシンクロ具合ね!これは奇跡以外の何物でもありませんなー。




とにかく、「いい映画を観た!」と存分に感じられるし、セリフの自然さから来るリアリズムは堪能できるしで、邦画最高峰の作品なのは間違いありません。しかし観た後の疲労感はかなりのもの! トランスフォーマーみたいなアタマ悪い映画ばっかり観ていたから、ヘトヘトになりましたよ〜。大衆娯楽映画ではないので万人向けではありませんが、観るべき一本。オススメ!
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