http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16488 (写真入り記事)
今日は、二ヶ月に一度のハレルヤ牧師会と、新宿ではじまる伝道のためのカフェのプロジェクト委員会に行ってきました。
牧師会は、おなじみの牧師たちの集まりで、毎回びっくりするような新情報が飛び交っています。キリスト教界の中の情報は、牧師会の中でそのほとんどが共有されます。
「他人の不幸は蜜の味」と言われます。クリスチャン同士では、そのような意味合いでのうわさ話、陰口、井戸端会議みたいなことはありません。祈り、助け合うために情報をシェアし合います。
人間、生きていればいろいろなトラブルや問題に巻き込まれたり、試練に遭うものです。生きているだけで大変なのに、それ以上お互いに苦しめ合う必要はありません。ただ慰め、ただ「大丈夫だよ」と受け止め合うことこそが必要なのです。
牧司会とは、そのようにお互いに助け合う場です。とても良い時間でした。
牧師会が終わっても、同じ団体(教団)の友人牧師と小一時間語り合いました。
聖書は、「神は愛なり」と語ります。愛とは関係の中でのみ存在するものです。無人島で一人で住んでいて愛するということはありません。愛とは、違うもの同士が受け入れ合い、赦し合いながら、相手の最善を願う気持ちと行動です。
牧師会での交わりの中で愛が実践されます。そこに神がおられ、力を頂くことができます。
みなさんが帰った後には、車で本郷三丁目に行き、そこで新宿ではじまるカフェのための集まりがありました。
主催者が、「ぜひ来て下さい。菅野牧師は新宿の代表者です」みたいなことを言われて、行かざるを得なくなって行きましたが、行って良かったです。
同じクリスチャンで、同じ東京に住んでいてもまず会えないような人たちと再会し、新しく出会うことができました。
フランクリン・グラハム大会で訪問した教会の牧師先生や牧師夫人の方々とも再会を喜び合いました。
もちろん、新しい出会いもありました。英語圏の方々も半数近く居て、そこでは、英語と日本語が交互に語られるバイリンガルで国際的な雰囲気でした。
帰宅したのは今さっきです。
朝からこの時間まで、いろいろな人と過ごしました。午前中は妻と出かけましたし、お昼からは牧師会、夜はカフェの準備会。それぞれ人との関わりの中に神がおられ、お互いの関係を和ませ、祝福して下さいました。
先日、長野出張でスキーをしたり、車で一人で移動したり、リフレッシュする時間を持ったばかりですが、私には、一人になり、神と一対一になる時間が必要です。その時間がなければ、人と居ることが苦痛になります。
神との関係が希薄な状態で人と関わると疲れるものです。まして、本当の自分を偽り、良く見せようと繕うと疲れ切ってしまうものです。
しかし、神がありのままの私を愛し、赦し、包んで下さっていることを体験するなら、ありのままの自分を好きになり、自信が持てるようになります。だから、人間関係で自分を良く見せようとする必要がありません。神から愛されているだけで十分です。
もちろん、汚い醜態をさらけ出すことはいい迷惑です。そういうのをありのままと考える人が居ますが、「ありのまま」ではなく、「わがまま」です。
聖書は、「絶えず祈りなさい」と言われました。絶えず祈り、神との関係を強くした上で人と関わるなら、人と人との関わりが祝福になり、豊かになり、互いに幸せを感じます。
人間の一番の悩みは、おそらく「人間関係」です。その人間関係が幸せで良好なら、人生は間違いなく幸せです。
神との平和を得、神と共に歩み、神と共に良い人間関係を築いていけたら幸いです。
人間関係は簡単ではありません。しかし、神の愛が人間関係を祝福してくれます。
みなさんと良い関係が保てるのは、神の恵みです。神に感謝し、また、良い交わりを保って下さるみなさんに感謝しています。どうぞ、引き続き、これからもよろしくお願いします。
一日お疲れさまでした。また明日お会いしましょう。おやすみなさい。
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