http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16411 (写真入り記事)
「レ・ミゼラブル」の著者であり、フランスの詩人・小説家の「ヴィクトール=マリー・ユゴー(Victor-Marie Hugo)」は、『人生 最上の幸福は 自分自身の いかんにかかわらず 愛されているという 確信である』と言いました。
人が最上の幸福感を感じるのは、「愛されている」と実感している時です。
私たちは、「愛されていると」実感が必要です。
人は、生まれてから3歳くらいまで、通常、親からの無条件の愛を受けるものです。そのような愛が必要だからこそ、赤ちゃんはかわいらしいのではないかと思います。
私の友人は、自分の子を「食べちゃいたいくらいだ」と言いました。
しかし、3歳を過ぎたくらいから、無条件の愛は条件付の愛に移行し、教育がはじまります。
教育は必要です。しかし、この教育が教育となるためには、3歳くらいまでに無条件の愛で愛された経験という土台が必要です。教育とは、「そのままではダメですよ!」というメッセージだからです。
今、多くの若者が子供の頃から適切な教育を受けなかったことによって、わがままになり、人の話が聞けなくなり、社会に適応できなくてニートになったり、精神病をわずらったり、引きこもりになってしまっています。
親御さんに会って見ますと、非常に優しい方々なのでびっくりすることがあります。
わがままな姿に対して教育をしないで、「いいよ、いいよ」と言って、言われるままに物を買って上げたりしたのかも知れません。
あるいは、無条件の愛を注がなくて、教育をしたときに教育が教育として受け止められなかったのかも知れません。
今からやり直すことは出来ないでしょうか?
無条件の愛を親から受け直すことはもう不可能です。人は、受け損なった無条件の愛を求めて恋愛をしたり、結婚をするのではないでしょうか。しかし、そこに無条件の愛はありません。
お互い、愛されたい人だからです。それを友人に求めたり、物質や名誉に求めても、求める愛は得られません。
一つだけ無条件の愛を受けられる方法があります。
イエス・キリストの十字架を通して与えられる神の愛です。
神の愛は、今、この瞬間にも、あなたが信じるなら与えられる愛です。3歳までに受けそこなった無条件の親の愛をはるかに超えるものです。
だから神にあっては、人生をどこからでもやり直すことが出来るのです。
私は、18歳の時に神を信じてクリスチャンになりました。それからも、紆余曲折はありましたが、一つだけ失わなかったものがあります。神から愛されているという実感です。図々しいくらいに、神は誰よりもこの私を愛して下さっていると感じています。
どんな状況の中にあっても、どんな試練が押し寄せたとしても、幸福感を失うことはありません。
あなたは、親の愛をあまり受けられなかったかも知れません。何らかの事情で親の愛を知らないかも知れません。しかし神は、孤児(みなしご)の父です。
「たとい親があなたを捨てたとしても、私はあなたを捨てない」と語られます。
神は、キリストの十字架を通してあなたを誰よりも愛しておられます。この事実を神の声として聴き、信じ、受け入れて下さい。
無条件の愛こそ、あなたに絶対不可欠な人生の土台なのです。この愛があなたに注がれ、実感されているならば、どんな教育も素直に受けられますし、どんな逆境をも乗り越えて行くことが出来ます。
無条件の愛は、あなたの行い、あなたの過去、あなたの現在の生き方に左右されない愛です。
そのままの姿で、あなたを造られた神の前に進み出て下さい。
キリストは、『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。』とあなたを招いています。
キリストと出会い、キリストに抱かれて、この愛を実感して下さい。素敵な一日でありますように。 God bless you!
ログインしてコメントを確認・投稿する