奈良時代に高僧行基が開いたという光明寺の史蹟
光明山遺跡の保存会が、高齢化しており若い会員
を求めています。1990年に保存会が発足してから
25年、十人を切った会員はみな70歳を超えて存続
が厳しくなりつつあります。
光明山は天竜市山東にありますが、昭和6年に火事で
焼失するまでは、標高540メートルの山頂にありました。
火災の後、天竜市の町に近い場所にうつされました。
保存会は山頂にある寺院の石垣あとなどが残る移籍を
保存しようと結成されました。保存会は写真のような
案内看板を遺跡の入り口に自分たちの手で製作して
建てました。約1年かかったのですが、費用も最少で
完成しました。保存会の会員の神谷平八さん(73)は
「案内板を新しくしたのは若い人に移籍を守る活動を
託すため」と話す。
発足当時は手弁当で遺跡を整え、よみがえらせた。
ピーク時は会員も30人近くいた。移籍へのルートと
なっている林道の補修、危地しるべの設置や植樹
をしてきました。初日の出の絶好の場所であり、甘酒
を振る舞ったり。
最近は地元の中学生と年1回、草刈りをするぐらいだ。
二十年たてばまた、案内板の設置が必要になる。
その頃に中心となる若い世代に会員になってほしいと
呼びかけている。
連絡は 鈴木順司会長 電話053−925−5519へ
立派な案内版ですね。どこも高齢化していて若い世代
の担い手が不足ですね。
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