mixiユーザー(id:17713252)

2015年04月26日21:47

119 view

「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【19】」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15677 (写真入り記事)

今日の「一日一シャ」は謝罪です。

言葉を通して、文章通して、人を傷つけてしまうことがあります。

実は、私自身、見かけによらず、傷つきやすくデリケートです。打たれ強く見られますし、そうなりたいと思いますが、人の言葉を通し、メールの文章などを通して深く傷つき、寝込んでしまいたくなることもあります。

このような感受性が与えられ、経験が与えられるのは、傷ついた人に対して同情できる心を持てるようになれたり、人を傷つけない気を遣いや配慮ができるようにと、神様が与えて下さっていると思います。

私の言葉や文章を通して傷ついた人には、素直に「ごめんなさい」と伝えたいです。

しかし、誤解があるかも知れません。

何も言わずに離れていくのではなく、「これこれ、こういうことで傷つきました」などを伝えてもらいたいです。

私は、100%人を傷つける意図はありません。気持ちを話してくれたら、取り越し苦労だったと感じてもらえるかも知れません。

中には、わざと人を傷つける人もいます。

私の知り合いで、「あの人は鈍いから、ちょっとは傷ついてもらわないといけないのよ!」と私に前もって相談し、次に、みんなで会った時、その人に、非常に辛辣なことを言って恥をかかせていました。

そこにいる人たちは怯えて、誰も止めることをしないので、仕方なく私がフォローしました。私は悪役を買って出たので、一歩間違えたら私がダメージを負わされたかも知れません。しかし、後で、「菅野さんありがとう。私をかばってくれたのでとても慰められました」と、何度もお礼を言ってもらいました。人から寄ってたかって責められることがどれだけつらいかを経験的に知っているので、見て見ぬ振りはできませんでした。

また違う人は、傷つくかどうかは、その人の自己責任だ、と考える人もいます。

その人の家族や周囲にいる人は、たいてい心がボロボロです。

人を傷つけて平気でいられる人は、「自分は正しい! 相手は間違っている!」という心が根底にあるのだと思います。

誰でも、「自分は正しい!」と思う心はあると思います。しかし、「正しい!」と思い込んでいるだけで、実は間違っているかも知れません。そして、相手にも正しい部分はあるはずです。「盗人にも三分の理」ということわざもあるくらいですから。

「全き愛は懼(おそれ)を除く」(�汽茱魯� 4:18)と聖書は語ります。

傷つけ合ったりすることもあります。そこで自分を閉ざして、関係を断つこともできます。しかし、愛はそれを乗り越え、自分の心を分かち合い、さらに深いコミュニケーションに向かわせてくれると思います。

傷を与えてしまった人に対しての謝罪と、これからも良い交わりをお願いして、本日の「一日一シャ」とさせて頂きます。

一日お疲れ様でした。また明日お会いしましょう。

7 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年04月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930