■駐日米大使、長崎平和式典にも出席
(時事通信社 - 08月07日 12:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=2532551
さて、明日は「長崎原爆記念日」である。
夏が来れば思い出す…
アテクシの故郷長崎は被爆県であったので、毎年夏休み中8月9日に登校日があった。
で、平和について考えるとか、原爆をなくす方法とかの意見を生徒に言わせてたのよ。
昭和49年だか48年だか忘れたが、くそ生意気なガキだったアテクシは、そこで、
「核兵器よりもずっと強力な兵器が出来たときには、核兵器なんかなくなる!」
「あんだけ本土決戦だ、玉砕だ言っていった日本が、たった2発の原爆で、
戦争放棄だの9条だの平和式典だ、不戦の誓いだ言うようになり、
縮こまってしまったから、核兵器の優位性を証明している。
だから、日本がビビってる 間は核兵器を捨てようなんてアメリカもソ連(当時)も考えないだろう」
みたいなことを言って、夏休み中の半ドンの登校日、授業の後まで居残りさせられたなぁ。
日教組のセンセの意味不明なお説教食らってる間、
先生のところに、蚊がプ〜ンて飛んできて、先生は速攻で手で叩き落とした。
10分くらい経って、こんどは、アシナガ蜂が飛んできて頭の上をブンブン飛び始めたら、
窓とカーテン開けて 「動かなければ、刺されない」と言う。
そこで糞生意気でへらず口のアテクシは、
「蚊は戦力が無いからあっという間に叩き落されたけれど、蜂は攻撃力があるから身を守れた」
てなこと口走ったら、怒ったネーその日教組のセンセw
まあ、これが決定打で、夕方まで残される羽目に。
お陰で部活の練習にもいけなくてサ 。
その日以来その教組のセンセには後々まで目ぇ付けられてサw
でも未だに、アテクシは中学の頃の自分を間違っていないと思うし、
いまでも、綺麗ごとの「力無き正義論」を振りかざす奴を見ると虫唾が走る。
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