最初にこのニュースを聞いたとき、奇跡というものは、ときとして、幾重にも折り重なるものだと思った。
■米漂着サッカーボール、持ち主は陸前高田の高2
(読売新聞 - 04月22日 20:28)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1994128&media_id=20
まず、津波で流された小さなサッカーボールが、1年以上も太平洋を漂流していたこと。何かの拍子で空気が抜ければ、海に沈んで、それで終わりだ。そして、無事に陸に打ち上げられたとしても、そこが人の住んでいない場所なら、誰にも見つからず終わってしまう。人の住んでいるエリアに流れ着いたのも奇跡である。でも、ボールに何も書かれていなければ、何のニュースにもならない(^_^;
今回は、たまたま人に見つけてもらえたが、そこはアラスカ。何人かが寄れば、そこに書かれている文字が日本語であると分かったとしても、持ち主にたどり着く手掛かりは見つけられなかっただろう。ところが、見つけた人の奥さんが、日本人だったとは、これもまた、何という奇跡。アラスカに住んでいる日本人なんて、極めて少ないはずである。
ただ、日本人が見たところで、確実に持ち主につながる情報が得られるとは限らない。今回のケースは、持ち主が転校するときに、転校前の小学校の名前が書かれていたのだが、試しに、その学校の名前で検索したら、一発でヒットした。全国で、同じ名前の学校がなかったのかも知れない。
でも、転校後の学校の名前では、アホみたいにたくさん同名の学校が出て来て、とてもではないが、持ち主のいた学校にたどり着かなかっただろう。書かれていた学校の名前が、特定しやすかったのも、ひとつの奇跡だと言えよう。
こうして見ると、このボールは、持ち主に返るべくして返ったのかもしれない。「奇跡」などではなく、実は、「必然」だったのではないかとすら思える。「はやぶさ」ではないが、何か、映画化もできそうな、感動的な話だと思った。
それにしても、持ち主の名前が岬くんとは、親は絶対、「キャプテン翼」のファンやな(^_^;でも、翼くんと違って、岬くんは、名字なんだけどね〜。
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