昨日もつぶやいたのですが、つぶやきだと開かずに流れてしまう事もあるかと思い、
かなり重要な情報に感じたので、日記に書く事にしました。
今は突拍子も無い話のように見えるかもしれませんが、私からしたら今の日本の状況の方がSFに感じてます。
今まで私の予感はかなり的中して来たので、一度既成概念を手放して、SFとしてでも良いから読んでみてください。
今まで私が教わってきた事だけじゃなくて、他にも矛盾の無い情報が網羅されてたので、他の章も全て読めば全ての疑問が解ける気がしました。
頭から否定せず、信じないのならば、自分で反論を検証してみてください。
そして、どうやら私が教わった後に大きな計画変更があったようです。(私は97年に教わったので)
私は日月神示や道場の教えが本当なら、きっと震災後に一気に禊払いの大洗濯が始まるはずだと思ったのに、その気配が一向に無いのが "おかしいな"って感じていたのだけど、これを読んで納得しました。
どうやら人類はそれほど酷い天変地異は経験しなくても済むのかもしれません。
今起きている事は神の計画ではなく、反対勢力が人工地震を使って私たち自身の怖れのエネルギーで、逆願望実現させられようとしてるのかもしれません。
3月20日に関して心配されてる方も多いようですが、私たちの意識が変われば一気に良くなるんだと思うので、怖れ過ぎないでください。それよりそれに備えて光で負のエネルギーを消し去るイメージングに励みましょう。
アセンションに関してはいろんな説があり、偽アセンションなるものも計画されているようなので、その時にきちんと見極められるように、真実を知っておいた方が良いと思います。
http://wao.jpn.org/wao/message1101.shtml
一部抜粋
第1章 06 銀河宇宙連合体の路線変更 2004年8月16日
今回の銀河宇宙連合体の計画は、地球人類を中心として地球創生計画を完成させることが、彼らの願いを完成することにつながります。
計画推進にあたり、実は、あとで述べるような大きな障害がありましたが、2年前の2002年6月6日に、銀河宇宙連合体内部対立による計画が急きょ路線変更され、銀河宇宙連合体全体の路線統一がなされて、地球上における天変地異や人工的な破壊計画を回避し、予定通りの新しい天地創造ともいえる、銀河次元の計画を推進することとなりました。
地球創生計画へ向けた反対勢力の動きは、2年前の2002年6月14日に予定していた、100メートルほどの小惑星の富士火山帯への衝突計画でありました。 富士火山帯に惑星が衝突しますと、その衝撃は環太平洋火山帯に至るまで連鎖し、インドネシアのセレベス島を介して、大西洋火山帯にまで及ぶものであり、まさに惑星地球と人類の破滅を招く計画でありました。さらにこの衝撃は、天変地異とともに、極移動(ポールシフト)にまで至るものでした。
路線の変更調整のための議論は、6月1日から3日までの1日約3時間ずつ、3日間に及び、銀河宇宙連合体と地球人類をつなぐ仲介役として、また、地球上の具体的な創生計画の調整役として、筆者との間で調整されたものです。当初、筆者が、銀河宇宙生命体が一堂に会する場に引き上げられ、霊体のみで遭遇したとき、「話し合い次第では、お前を殺して地球を破壊する」とまで言われました。筆者は、喜ばれて迎えられると思っていましたから、とてもショッキングなことでした。
基本的には、彼ら銀河宇宙生命体への認識に、誤りがあったことの修正、また、宗教世界でいうところのサタン・ルシファーに対する根本的な誤認の修正など、さまざまな修正作業を3日間で行うこととなりました。
この度の地球上での計画は、気の遠くなるような長い歴史をかけて、数多くの宇宙生命体(神界や天使界と呼ばれる高次元の霊的生命体)が待ち望んできたものですが、地球上で何度も失敗を繰り返し、地球創生計画(地球経綸)の使命者たちの魂の覚醒度も低いことから、地球経綸として計画を推進して行くことは無理だと判断した一部の銀河宇宙連合体勢力が、地球破壊に向けて動いていました。
しかし、彼らとの仲介役に立った筆者との3日間にわたる議論の末、地球人類と一体連携して計画を推進して行こうという採決から、地球救済計画路線への緊急的な路線変更となったものであります。
ある意味では、6月1日から3日までの期間は、地球人類の存亡が賭けられた、地球人類史上、永遠に記憶される最重要の期間でありました。
小惑星は、地球に12万キロ近くまで接近したのち、軌道を変更して宇宙の彼方に去っていきました。当時の6月は、ワールドサッカーで世界が賑わっていた頃でしたので、小惑星の地球大接近については、大きな記事として取り上げられず、新聞各誌にも小さな記事で紹介されただけでした。
小惑星は、100メートル程度のものであったために、NASAでも見逃されたようで、米国マサチューセッツ工科大リンカーン研究所が、ニューメキシコ州の天文台で行った観測などで、再接近の3日後の17日になってから、発見されたものです。
もし小惑星が、2002年6月14日に衝突していたなら、空前絶後の人類史上最大の悲劇に襲われていたでしょう。
のちに小惑星は、2002MNと名付けられました。
6月6日付けで、銀河宇宙連合体の地球計画の路線変更が、世界のコンタクティたちに発信され、今まで地球人類の頂点に君臨していた、イルミナティたちの世界政府計画を逆活用して、銀河宇宙連合体の地球創生計画とシンクロさせながら、計画を推進することとなりました。
2002年6月の奇跡は、地球人類史最大の平和の史実として、永遠に記憶されることでしょう。
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