完璧にお手本をコピーして同じ事をできるようにする訓練と
臨機応変に対応して自分の判断で対処できるという事は
似た事のように思えるが、その極めの話をすると
全く対極にある事だと思う。
そっくり真似る事は、コンピューターのように、言われた事を完璧にできるが
言われた事以外は、まったく出来ないという事だ。
臨機応変にできるという事は、全く知らない未知のでき事を、今まで覚えた知識を使って
乗り切る能力の事であるだろうと思う。
知らない事を普段から予測しておき、不意な事態や、不慮の事態、ありえないような未来に
対応できるような能力。
これを習得するには、やはり、相当数のお手本を真似る必要がある。
しかも、自分が好きなジャンルだけではなく、ありとあらゆるジャンルの情報をインプットして
それを自分なりに解釈して脳みそに叩き込む必要がある。
その情報量、情報の性格さ、そして自分の判断能力、判断してから実行に移す速さ。
そういったかなり複合された能力が要求される。
大脳、小脳、海馬、などを上手に使う能力。
脳からの指令を実行する為の筋肉や骨格、俊敏な伝達経路。
きちんと手足の末端を微妙にコントロールできるような緻密性。
そのすべてが総合的に必要となる。
どれだけ多くの真似をした経験があり、どれだけ多くの情報を処理した経験があるか。
また天性で処理能力が高い個体。
そういうのが、優秀だという事になる。
人間は専門的になると、他の事がおろそかになる。
脳の処理能力を越えてしまうからだ。
だから天才は変人が多い。
興味がない事は、どうでもよいと思うのだろう。
日常生活に興味がないと、常識が無くなる。
ジョブズもその1人だと思う。
私は天才だとは思わないが、その傾向にはある。
常識、法律、など、一般人が普通だと思う事には興味がない。
反対に、独特、奇抜、マイナー、アングラ、変態、なんて事には興味ありありなんだが。
興味がない事を覚えられないのは人間の脳のキャパを制御している機能が関係していると思う。
必要ない情報を削除する機能があるのだろう。
私は、人の名前をあまり覚えられない。
たぶん関係ない人間の名前に必要性を感じないんだろう。
買った物の金額もすぐに忘れる。
それも必要のない情報だからだろう。
すぐに覚えられる事は、自分が必要だと思っている情報で
なかなか覚えられないし、すぐに忘れるのは、自分に必要ない情報という事だ。
外国人と話してて、”そんな事よく覚えてるなー” と思う事があると思う。
何も外国人じゃなくても、男性女性の差でもあるな。
それは何を必要と思って、何を不必要と思っているかによって
日常生活で垂れ流している情報をどこまで吸収しているかの違いだろう。
『さっきの車見た?』
『あれ、いくらだった?』
『キャベツっていくらだっけ?』
『さっき事故ってたね?』
『結婚記念日いつだっけ?』
そんな事の答えを、即答できるか、『うーん分からない(見てない)』って言うかは
普段、収集している情報の違いを示す。
しかし色んな情報を処理するという事は、関係ない必要な情報も処理する必要がある。
それは、無理して訓練するしかない。
だから、受験勉強が必要だったり、意味ないような学校での勉強が必要だったりするのだろう。
強制されて、嫌々でも情報を頭に入れる訓練だ。
これができる人が頭がいいとされるのは、日常生活に必要のない情報を脳にインプットできるように訓練をしているからだ。
だから、勉強をする事が楽しい人というのは、実は、その訓練をしていない人とも言える。
成績が良くなるのが楽しいから無理して色んな情報を脳に叩き込む。
実は、これは、意味のない情報を無理に頭に入れる為の訓練としては、動機が不純となる。笑
楽しくないのが、訓練になっていいのだ。
嫌々、情報を入れるのがそもそも、一番重要だ。
嫌々、勉強をした時間が長い人は、臨機応変な能力が高くなる可能性が高い。
結論としてそうなる。
完璧にコピーできる能力が高い人は、”コツ” を使わないので、”クセ” がない。
コピーに”コツ”なんかない。
全く同じにするだけ。
スキャンでデータを何回もコピーしてると、画像が荒れるのは
人間の目で見て、同じように見えるという事に重点を置くという ”コツ” を使っているので
その ”クセ” として画像が荒れるのだ。
英語を覚えるのに、うさぎを見て、『oh,rabbit!!』 って思えるようじゃないと、英語を使っているとは言えない。
そもそも ”rabbit” に ”ラビット” という振り仮名がついているのが、コピーのさまたげになっている。
音を聞いて、それをそのまま真似する。
それがコピーだ。
まず、日本語である、カタカナにしたのが間違いだ。
その ”コツ” は、致命的な ”クセ” になる。
コツなどなく、そのまんまをコピーする訓練、そして必要のない情報を処理する能力を上げる。
これが、今の日本の学校に一番必要な物ではないか?
楽しく勉強する必要性って、学歴の為だけだと思う。
楽しくする事で、覚えられる総情報量は格段にあがる。
しかし、必要のない情報を処理するという能力の開発にはならない。
嫌な事をやる意味とは、予想できない未来に対応する能力を育てるという意味がある。
完璧にコピーする能力は、社会で自分を使ってもらえる場所を増やせる。
その対局する事の両方を極める事が、良いのではないか。
言い方は悪いが、脳内の総情報量が少ない赤ちゃんや子供はバカだ。
そのバカな時期にどれだけ訓練できるかという事は、はてしなく意味がある。
バカは言われた事を忠実に守る事が嫌ではない。
知能がつき、自分で判断できるようになるにつれて、自分の判断が邪魔をして
言われた事を忠実に守れなくなる。
だから、自分で判断ができるようになるまでの学習が一番のポイントになる。
それが、一般的には3歳までと言われる所以であろう。
しかし私は、今の日本人は20歳でも、まだ吸収可能なバカは多いと思う。
純粋な心を持つヤンキーなんかには多い。
コピーする能力は、自我が芽生えるとどんどん消失されるという事か。
しかし、私は、これは訓練しだいでどうとでもなると思う。
訓練方法としては、安心じゃない事に耐えるという事だ。
1日1回でいいので、全く意味のない、自分がしたくない事をしてみる。
こんな事で、コピーする能力は格段に上がると思う。
意味のある行為しかしないという人は、あまり興味がない仕事や新しい常識などの事を人から学ぶ事ができなくなる。
私もまったく、この状態だ。
精進しなくてはいけない。
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