人に物を教えるという行為。
人に物を教えるという時、お金をもらって教えるのか、自分が教えたくて教える時
会社などで仕方なく教えなくてはいけない時、色んなスチュエーションがあるだろう。
しかし、結果、教えるという事が早く完了する方が利口だろう。
① Aさんの教え方
とりあえずやってみろ! ちがうだろ! じゃーどうする?
そこで自力で頑張る力そのものが実力になる。
だから、あえて手取り足取りは教えない。
② Bさんの教え方
まずは教える。
教えてない事はヒントをちりばめる。 それを拾うかどうかでやる気をみる。
やる気ないなら教えない。
もう十分にヒントとは出したから、自分で覚えろ!
分からない事があったら聞け! おしえてやる。
①も②も間違っているとは思わないが、指導者に魅力を感じる事ができずに、情報や努力に対して、結果が伴いにくい状態になってしまわないだろうか。
ちなみに、私の指導のスタイルは
その仕事に興味を持つように一緒に遊んだりして仲良くする。
その仕事の必要性と、教える相手とその仕事の相性を考える。
覚えやすいように一緒に同じ仕事をして
自分のやっている姿をみせる。
ポイントを覚えさせる。
1人でやらせる。
できかかった点を書かせる。
それを克服するためにはどうしたらいいかを一緒に考える。
こんな感じだ。
愛を持って手取り足取り。
こっちの方が、覚えが早いので、自分のトータル労力も少なくてすむと思う。
『なんでそこまで?甘えさせるだけじゃないか?
教わる方がそれなりの態度を取るのが当然だろ?』
と、考える人も多いだろう。
ただ、効率を重視するなら、なおさらの事、指導には心と愛をもってやった方がいい。
厳しくするのは愛である場合もあるとは理解できる。
ただ、愛がないのに、厳しい指導をすると言う状況は
指導力のない人間ほど、強い指導をして、自分がナメられないようにしているというだけじゃないか?
そうしないと、後々、統率がとれなくなると思うからだろう。
その恐怖心は、自分の指導力のなさの表れだ。
その自分勝手な都合で、指導される側にストレスを与えるのはバカだと思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する