恋愛も、それ以外の人間関係も、人と一緒にいるという点においては大差がない。
先ず初対面で会った場合に、何をするか?
相手がどんな人間なのかを探ろうとする。
ここで、探られたくないと思う相手には、探らせないような防衛反応が働く。
だから、何らかの方法で此れを突破しないといけない。
その為には共通点を見せて、共感を誘うしかない。
笑わせる。信用させる。関心させる。感動させる。
方法は色々あるだろう。
その部分は、今回はあまり重要ではないのでこの程度で端折る事にする。
一応、知り合いになった後に、何をするのか?
個人差はあれど、相手を知ろうとする方向に働く。
あまり相手に失礼な事をしてはいけないという心が大きい人は、いわゆる草食系だろう。
そして、相手の事をあまり考えずに、グイグイ探ってくるのが肉食系だと思う。
自分を知ってもらうという行為が苦手で、相手ばかり探りたがる人は、まず、相手を振り回すクセがあるように思う。
相手を振り回し、感情をかき乱させる事で、相手の色んな事の最高値、最低値を見たくなる。
それが自分に合うのかどうか、どんどんテストする。
これは恋愛においては、女の子がよくやってしまう事であるが、ナルシスト傾向にある男性もよくこういう手法をとってしまいがちだ。
学者いわく、恋愛とは、ずっと ”好きーーー!!” が続くのではないらしい。
好き、分からない、嫌い、わからない、不安、相手はどうか? 自分もどうか?
そうやって、心が揺れ動く事らしい。
だから、ずっと好きなのは、恋愛ではなく、愛になるのだと思う。
だから片思いなどは本物の愛とかなり近い、疑似愛とも言える。
これがファン原理や、ペット原理なのかも知れない。
人間は、”迷う” という事が、不安であり、そして一番気持ちがいい。
選択肢が多ければ、多いほど、気持ちがいい。
”迷い”は、人間最大の快楽であり、人間最大の苦しみでもある。
恋愛中毒は、まさにラブジャンキーである。
そして迷いから解放されたいのは、まさに老化した精神である。
たくさんの男前(美人)の中から、選べる状況は楽しいと思う。
自分の好きな趣味の道具などが、たくさんの中から1個選べるのは楽しい。
そう考えると、優柔不断なのは、ナルシストであり、子供的であり、自分勝手な性格とも言える。
揺れる心は、しんどくもあり、楽しい。
これがしんどくなるのは老化に伴い、面倒だと思う事が増加するからか
若しくは、最初から感動の振れ幅が低く育ってしまったか、どちらかであると思われる。
たくさんの選択をしすぎて、もういい、適当でいい、誰か決めて!と思うのは
老化現象の一種であると言えると思う。
ひょっとしたら、年をとったら子供ができにくい体になるので、恋愛を面倒な物にさせる為にそういうシステムになっているのかも知れないと思う。
感動の振れ幅は、今まで受けた感動の大きさに比例すると思う。
大きな感動を知っている人は感動しやすい。
逆に大きな感動を知らない人は感動しにくい。
大きな感動を知っているのに、感動しにくい人は、自分の置かれている環境を嘆いて
悲観しているので、大きな感動分のマイナスに大きく沈んでいるのだと思われる。
子供の時にすごく恵まれていて、15歳くらいでいきなり不幸になったりすると、こんな感じになりかねないと思う。
人間は、最大値を経験すると、その正反対の最悪値を把握できるようになるという事だ。
これが、感情の振れ幅だと思う。
感情を揺らしてくれる事。
心揺れる事、それは不安であり、快感である。
これが、恋愛の正体であり、人間関係の初歩であると思う。
若い人間と仲良くなるには、まずは心揺れる事があった方がいい。
また年がいった人間と仲良くなるには、安心感や安定感を示した方がいい。
私には、安心や安定感が不足している。
ただ、揺れ幅は大きいと思う。
精神年齢がガキと言えると思うが、人間の性質であるのでそれをガキっぽい、ジジムサイと分類するのもどうかとは思うが。
人間関係で一番大事なのは、この振れ幅をシンクロさせる能力だと思う。
嘘でも、体裁だけでもいいから、合わせられる人間は、シンクロ能力が強く、適当な人付き合いは得意であると言える。
営業マンや、外面がいい人なんかはこれに当たると思う。
私から見れば、全然魅力的じゃないので、そうはなりたくない。
これは時代から逆行する思想なので、どうも風当たりは強い。
私はシンクロしなくても、よい社会になればいいなーなんて思う。
それは生物としておかしいのかもしrないが、そういう時期はいづれ来ると思う。
正常→異常→正常 と、すべての物事は、2次曲線の波のようになっていると思うからだ。
それが200年後とか1000年後なら、私は生まれてくる時期を間違ったのかもしれないな。
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