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2011年10月16日17:54

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山下家�� No.9

そんな訳で、大検は生物という1科目を落としてしまった。

だが、来年は1科目だけでいいという事だ。

まあ、やった事ない科目で受かる程は流石に甘くなかったか……。

物理を選べば楽勝だが、生物で落ちたという事にイラっとしたので来年も生物で受験する事にした。笑







なんと、篤が上京してきた。隅田クンというかなり年上の先輩と共に東京にやってきた。
たぶん私より4個くらい年上だ。


まずは隅田君の人と柄を紹介しよう。

隅田君は女と警察に強かった。

強いという意味は無茶苦茶するという意味だ。
怒鳴ったり、暴力は日常だ。

顔は和田あき子のモノマネをする吉村に少し似ていたが、それよりはモアイ像に似ていた為に影ではみんなに”モアイ”と呼ばれていた。

見てくれは、パンチパーマに皮ジャン、スラックスにエナメル靴で、もろ当時の暴力団だ。
時代遅れ感は当然、当時でもあったが。笑






篤は隅田君と一緒に上京してきた。

ウチに泊まらず水道橋あたりのホテルに泊まっていた。

おおおおお、金持ち!! なんて思っていたが、事情を聴くと、こういう ”からくり” があった。



隅田君が親のカードを数枚パクって、カードを切りまくっているというのだ。

カード全部合わせると限度額いっぱいで400〜500万円あるそうだ。

当時は私もアホなので、それは使わない手はない!笑  

そう思った。


一緒に高級料理屋やクラブ、ラウンジ、色んな所に豪遊しにいった。

そんなお金の使い方をすればどうなるか、火を見るより明らかだった。

たかが?400万円。 3人で使えば一瞬だ。

1ヶ月ともたなかった。



カードは止められ、ホテル住まいもできなくなって、篤と隅田君はウチに流れてきた。

ウチの部屋には、上京してきたが、どうしようもなくなった地元の人間が4人、横浜の人間が1人、寝泊まりするようになった。

言っておくが、私の住んでいたのは、8畳程度のワンルームだ。
この人数ありえない。笑


人数が増えると面白い事も起こる。


私の2個年下の東海林という男も一緒に寝泊りしていたのだが、こいつの顔がウルトラマンに似ていたので、ウルトラマンというあだ名がついていた。

もちろん本人は、このあだ名をあまり気にいってない。

このウルトラマン似の東海林には面白い経験があった。
こんな感じだ。


・喧嘩で負けて、しょんべんを顔にかけられた経験がある。

・エレベーターの中でHしてて、急にドアが開いたので、ビックリして女の子を置き去りにして
 逃げた事がある。 その時パンツも上げずに大きくなったそれを丸出しで、ドアの前にいた
 オジサンにおもっきりガンを くれてから走って逃亡。

・カツアゲする時は先を研いだマイナスドライバーを相手の鼻の穴に入れて脅していた。

・車上荒らしで稼いで財をなした。

・友達にすごい貧乏なヤツがいて、当時、カンフーシューズが流行った時に、お金がなくて
 買えないから、長靴を切って見た目カンフーシューズにしていたヤツがいた。

他にも面白い話はたくさんあったと思うが、忘れてしまった。



普段から、隅田君は東海林に 『おい、ウルトラマン、たばこ買うてこいや!』などと偉そうに言っていた。

隅田君と東海林では年が7個くらい違う。
最初は我慢したらしいが、東海林にとってはそれが嫌でたまらなかったらしい。

ある日、東海林は爆発した。

『隅田君、なんぼ年上かも知れんけど、あんまりウルトラマン言うてバカにせんといて下さい!』
と、食ってかかった。

隅田君は

『おんしゃー、誰に口ききゆうがな?お?シバくぞ!!』  などと怒鳴った。

しかし東海林もキレていた。

『やってみぃや!』  などと言っていた。

隅田君は

『表、出えや!コラ!!』  などと叫んで、東海林を外に連れていった。

誰しもが、流血戦を想像したのだが、10分程度で2人は戻ってきた。
しかも、おたがい顔には傷がない。



不思議に思った私が隅田君に

『どうなった?』と聞いた。

隅田君は

『もう、えいわや』  などと言っていたので今一つ意味が分からない。


しばらくして隅田君はどこかへ出かけて行った。


出て行ったタイミングを見計らって、私は東海林に聞いた。

『なんで喧嘩にならんかった??』

東海林はこう言った。

『いやー、びっくりしましたよー、外に出た瞬間に

【しょうちゃん(東海林の事)、ごめん。俺も立場あるし、カッコつけさせて!ホンマにごめん、許して!】

って頭さげるんですよ!何も言えないですよ』



あははははははは、パンチパーマの暴力的なモアイ顔の人が、7個下にワビ入れたのか!!!




隅田君は、お金がなくなってから、どこかの組に拾われて、新宿でシンナーを売る仕事をしばらくしていたようだ。

しかし、どういう訳か、その組の上の人の女に手を出し、さらに逃亡する為に組のお金を盗んだらしい。

他のグループの人が、隅田ってヤツ、裏社会で全国指名手配だと話していた。


カードの件で家族はヒドイ事になり、警察も隅田君を探していたようだ。

23歳くらいだったはずなので十分に未成年ではない。
こうして隅田君は、裏社会、表社会から指名手配される事になった。






篤は群馬で内装業の仕事があるからと行って、高崎に行った。
面白そうだと思ったので私もしばらく高崎に遊びに行った。

仕事もすこし手伝っておこずかいを社長からもらった。

篤と一緒に、純というヤツも高崎に仕事をしに来た。


純について、人と柄を簡単に紹介しておく。

やや小太り、なぜかトラブルメーカー、しょっちゅう誰かとモメている。
女にかなりちょっかいかけるが、成功率は低い。

単車の運転は上手。
コールも上手。

単車が大好きで、高崎でも直管、ロケットカウル、ピンク黒爆発カラーのXJに乗っていた。

しかし、この高崎という町は、ヤンキーと喧嘩になって ”勝った” と思っても、30分以内にどっさり暴力団が出てくる。

何回、走って逃げた事か!!笑


やっぱり、どこでも女性関係でモメるやつがいる。

特に純は、トラブルメーカーだ。

純は寝ている時に、家までナンパした女の子が家に帰らない事を心配した彼氏に押しかけられて、半ヘルでボコボコにされた事があった。笑

純が熱をあげていたホステスがいた。

純は彼女の誕生日に大きな赤いバラの花束を持って店に行った。
私はこの店に一回も行った事がなかったが、手ぶらでは悪いと思い、白のバラを一輪だけ買って持っていった。

その女の子は、大きな赤いバラの花束より、私の白バラ一輪の方が気にいったようだった。
純は終始スネまくっていた。笑

私と篤は、女性関係もかなりいい感じで、自分らがやられるような喧嘩は一回もなく、たのしい群馬生活だったが、純は女性関係でも苦労し、しょっちゅう喧嘩に巻き込まれていたようだ。笑


しばらくして私は東京に戻った。




篤と純は、しばらくは高崎で仕事をしたが、1年くらい働いてまた高知に戻った。



純という男は、本当に、しょっちゅうモメゴトを起こす。

街で飲んでいたら、急にはぐれて、探したら、ヤンキーに殴られてたりする。
飲み屋さんでも問題をおこして、袋叩きにされた事も数回あるようだ。

だからケツを拭ききれないというか、こっちにトバッチリがくるのが嫌だった。
だが仲の良い友達だし、知らんぷりもできなかった。

酔っぱらって女と喧嘩して、関係のない通りすがりの車のミラーを殴って折ったら
たまたま、その車が暴力団のベンツだったりする。

よっぽどそういう運がついているとしか言いようがない。

純のせいで、3人 VS 40人みたいな喧嘩になったり、暴力団と喧嘩になったりした。

本当に、そういう星のもとにあるヤツなんだなと思った。








私がとある正月に東京から高知に帰郷した時の話だ。

篤の家に泊まっていたら、電話がかかってきた。

当時はまだ携帯電話なんてないから、家の固定電話への電話だ。




なんと隅田君からだった!!

例の逃亡事件から1年以上が経っていた。まだ生きていたのか!!




その電話の内容とは……

『篤、俺、俺、隅田!! あとお金が50円しか……、プープープープー……。』





その後の隅田君の消息は、それから20年以上経った現在でも、知るモノがいない。







                                            つづく
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