一生懸命頑張って、入学した土佐中高等学校というのは、かなり特殊な学校であった。
名門である誇りが高く、勉学だけでなく武両道を目指し、しかも単にクソ真面目というタイプの人間ではなく、ちょっと変わったヤツが多いという感じの学校だった。
教師も、多様で、すごく指導力の高い先生や、単純に自分の知能はかなり高いが、人に教える能力が低い先生、また竹刀で人を殴りまくる先生、ひとくせもふたくせもあるような教師が多かった。
これは、もっと後で気が付く事であるが、自分で努力する人間を伸ばす学校であり、落ちこぼれに手を差し伸べるタイプの学校でもなかった。
体育の教師は特に面白かった。
みんな脳が筋肉で出来ているような人らばかりだった。
『四角い円陣を組め!』 (四角かったら円じゃねぇ。笑)
『黄色い白線までさがれ!』 (黄色かったら黄線じゃね?笑)
『ウンコ食ってる時にカレーの話するな!』 (受け狙いじゃなく、マジで!)
『スポーツとかそういう事でマスターベーション(フラストレーションの間違い)を飛ばせ!』
『トルコ(サウナの間違い)行って汗流すか!』
などなど、体育教師陣の迷言は数知れない。
この学校までは、家から自転車で駅まで10分、汽車(高知県は電車ではない)に乗って40分、さらにまた自転車で20分という感じだったのだが、これが問題だった。
当時、ヤンキー全盛期で、汽車には、色んな学校のヤンキーが乗っていた。
中学1年生だった私にとって、高校生ヤンキー達は、かなり怖かった。
そんな事もあり、陸上部に入った。
どこの部でも良かったのだが、基礎体力をつけて、喧嘩に強くなりたかったのだ。
中学2年生くらいまでは、目立ちすぎると殺されかねないから、地味に暮らしたが、中学校3年くらいになって、性格がさらに変わる事となる。
中学3年になるまでは、女の子と話するのが苦手で恥ずかしかった。
ただ、中学3年の時に、おもしろい事をしゃべって、派手な格好をすると、チヤホヤされるという事を学んでしまったのだ。
これを覚えた私は、まるで猿だ。
どんどん、おもろい話し方を勉強して、女の子から人気があるという事が、人生で一番の優先事項となった。
勉強など授業以外では、1秒もしなかった。
おかげで、どんどん成績は急降下。
急降下といっても、そもそも中学校1年生からそんなに良い訳ではなかったが、一気にクラスで最後から5番以内をずっとキープするようになった。
中3で初めて髪の毛を茶色くした。
最初はオキシドールで脱色した。
すごく臭くて、手が真っ白になった事を覚えている。
そして軽いパーマもあてた。
明るくなった性格と、茶髪、そしてさらに派手になった学生服で、女の子からチヤホヤされて調子に乗っていた。
喧嘩は結構あったが、ナイフとか持ち歩いていたし、ハッタリだけで相手が勝手にビビってくれたから、全然、根性なんかなかったのに、勢いで勝った喧嘩が多かったと思う。
しかし不幸な事もあった。
私の通っていた学校は進学校で、学生服の袖に白線がついていて、それは地元では誰でも知っている事だった。その白線というのは、カツアゲ楽勝の人たちですよ!という十分なアピールにもなったのだ。
遠くからきたヤンキーがあらわれ、最初は目をそらしていたくせに、袖の白線を見た瞬間に、近づいてきてガンとばしたり、おこづかいをせびりに来たりするのだ。
私はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
私はそんな馬鹿な事ばかりにカマかけて全く勉強しなかった。
おかげで、ほとんど例外なくエスカレーター式に上がれる高校へ上がれないかもしれないという窮地に立たされた。
補習をたくさんさせられて、なんとか上がる事ができたのだが、仲の良かった2人が他校の生徒と乱闘騒ぎを起こして進学できなくなった。
その他校の生徒も含めてみんな友達だったし、以前に木刀を持って一緒に喧嘩をしにいった事もあったので、私は、たまたま運よく参加してなかったというだけだった。
どんなおぼっちゃん学校でも例外的にやんちゃなヤツはいるもので、私の学年にも10名ほどはいた。その中の2人が進学できなかったのだ。
そんなこんなで、私はなんとか、無事に高校に上がれた。
ある日私が歩いていると、さっき説明した流れで、ヤンキーにカツアゲされて、裏路地に連れていかれるという事件があった。
相手は4人、私は1人。そんな余裕もあってか、相手は4人とも私に背を向けて、先に歩いている。私なんかノーマークって感じだ。
まあわざとに、エラそうな事を言わずに、『すいません』といって、一緒に裏路地に行ったのだから、当然と言えば当然かもだが。
わたしは、道にあったブロックを拾って、一番エラそうだったヤツの頭を思いっきりブン殴った。
そいつはぶっ倒れた。頭から血が出ていた。
もう1人がつかみかかってきたが、いい感じに走りこんでいたところにカウンターパンチが当たって、1発でぶっ倒れた。
私は、もう一回ブロックを拾い直して
『おりゃーーー!!』と雄叫びをあげた。
1人は走って逃げた。
1人は逃げそびれたようなので、正座させてからブロックで殴った。
『カツアゲするばぁやき、金もっちゃーせんがやろ?まあ、えいわ、あるばあ出せぇや』
と、私は言った。
そいつらから2000円くらいマキ上げたのだが、本当に気分が悪かった。
お金の為とはいえ、こんな気分の悪くなる事をよくできるな……
と思い、吐きそうになった。
高校に入ってからは急に、色んな事が起こった。
バンドを組んだ。そのおかげですごい知名度になった。
さらに派手な格好、派手になった性格のおかげで、数校の女子高にファンクラブまで出来た。
校門に弁当を持ってきてくれる女の子や、何やら手紙やら、知らない人からいっぱいもらった。
後で知った事だが、私の写真をこっそりと定期入れに入れている人も結構いたようだ。
知名度が上がってきたし、格好もド派手になったせいで、さらに色んな事件が起こった。
ナイフで脅されたり、家まで木刀を持ったヤツがカチコミに来たり、喧嘩の回数も増えた。
喧嘩はそんなに強い方ではないと思うが、基礎体力は結構ついたし、ハッタリが上手くなった。
経験からビビらないフリをするのが上手になったので、その余裕を見て勝手にビビるヤツは多かった。何より、状況に応じた喧嘩ができるようになった。
この話は、おいおい進めるとして、まずは高校1年生になった所から書いていく。
高校では、中学の時から悪名高かったヒロテンと言うあだ名のヤツと同じクラスになった。
お互いが名前は聞いた事があるが、どんなヤツか知らないので、緊張した。
そんな緊張の一発目の始業式。
まさかのいきなりの遅刻、トイレでタバコ、でヒロテンとかちあう。
これが噂とちがって、すごくいいヤツだった。
このヒロテンとは40歳になった今でも連絡を取っている。
大親友となった訳だ。
高校になった時に、1個上の新開君がダブって私たちのクラスに降りてくる事になった。
この新開君というのは進学校だというのに、相当、悪名高かった。
5人相手に喧嘩して瞬殺したとか、目が合っただけなのに相手の腕の骨折ったとか、色んな噂があった。
ヒロテンがいきなりこんな話を持ちかけてきた。
”新開君を一緒に闇討ちしよう” という話だった。
やられる前にやる!これ基本!!
でも、たぶん正面切っては勝てないと踏んだのだろう。
そして私と2人で2対1でも、やや不利と考えた結果に違いない。
いや、今考えてみればヒロテンは冗談半分で言ったのかも知れない。
だが変に真面目な私はかなり考え込んだ。
闇討ちと言っても、1人になるチャンスをうかがい、後ろから鉄パイプでいくか!!
いや、それはどうだろう……。などと、真剣に考えた。
いざ、闇討ちとなっても、放課後に家までつけていくにも、大体友達と一緒に帰るし、それをこそこそ1人になるのを待つのは流石に面倒くさい。
学校内でケリをつけた方がいいかも。
とヒロテンに提案した。
そうだ!!屋上に呼び出そう!!
そういう計画を立てたのはいいが、その計画より早く新開君が私に声をかけてきた。
とある喫茶店に、私は呼び出しをくらった……。
その喫茶店は学校から3キロほど離れた、高知駅の近くにあった。
ほとんど無言のままで1個上3人に引き連れられて、その喫茶店に行った。
一同は雑居ビルに入っていった。
そこにはエレベーターはなく、暗くて細い階段をドキドキしながら登ったのを今でも覚えている。
あやしい雰囲気満載だ。
スナックのようなドアを開けると、やはり中もスナックのような窓の少ない空間だった。
そこには学生服を着た1個上の先輩らが10人くらいいた。
店内はタバコの煙がもうもうとしていて、真っ白な感じがした。
さすがに店内で大勢に殴られる事はないだろう。
そう考えて、かなり開き直ってきた。
その中でも、かなり迫力がある先輩がいた。
斉藤さんだ。
この先輩の噂もカネガネという感じだ。
進学校にあるまじき根性の持ち主だ。
喧嘩が強い、根性がある、とかいうレベルに留まらない。
かっこいい人格者で、高校生にして人間として厚みがあった。
当時の薄っぺらい私とは大違いだった。
私は喧嘩をした時に、喧嘩相手に、よくこの先輩に間違われていた。
というのも、こんな進学校で気合いを入れて喧嘩をする人間など滅多にいないからだ。
かなりの沈黙の後に斉藤さんの第一声が聞こえた。
いや、そんなに沈黙していた訳ではなく、緊張のあまり1秒が10分くらいに感じたのかもしれないが。
『腹、減ちゅうか? ここのカレーうまいぞ。』
なんと食欲を満たさせて、リラックスした後でシバこうという魂胆か!?
どういう人なんだ??
私は、そう思った。
だが、ここで遠慮をしたら、男が廃る。
同時に、そうも思った。
『ほんなら、カレー頼んでいいですか?』
私は根性を入れてそう言った。
斉藤さんは満身の笑顔で、カレーを注文してれた。
私もタバコを吸いながら、しばらく黙っていた。
すると、別の先輩がやってきた。
『お前、歌うたえるかや?』
何ですと!? 飯を食わせて、歌をうたわせてから、シバく気か!?
どういう変態趣味なんやろう、この人達は!? そう思った。
言葉はこう続いた。 『ピストルズ好きか?』
私はパンクは大好きだったので
『ああ、好きです。』と答えた。
これが、人生で初めてのバンド ”PSYCHO(サイコ)” という、SEX PISTOLSのカバーバンドの誕生の瞬間となった。
先輩らに見初められて、バンドのヴォーカルの勧誘をされたのだった。
ヴォーカルの私以外は全員1個上という構成だ。
殺される覚悟で喫茶店に入った私だったので、どっと疲れて椅子に座りこんでしまった。
これが人生で初めてのバンドであり、これ以降、派手にやらかす事となる。
この後に食べたカレーは人生で一番おいしかったかもしれない。
そんな事もあってヒロテンの新開君暗殺計画はお蔵入りとなった。
私は、基本、あまりツルんで遊ばなかった。
どん臭いヤツのせいで、捕まったりするのが、嫌だったからだ。
だから、悪い事をしても、絶対にバレなかった。
教師からすれば、はやく悪業のしっぽをつかんで、退学にさせたかったようだ。
学校側にバレた悪事は中学、高校の中でわずかに4回のみ。
そのうちの1回は、付き合っていた他校の彼女にウチの制服を着せて、自分の校内に連れ込んだのだが、こんな事で、停学騒ぎになったりした。
速攻で彼女を逃がして
『そんな女知らない、私の知り合いである証拠でもあるのか?』
『完全なる証拠がないのに私を疑うという事は、もし違った時には責任が取れるのか?』
『目撃したという先生の信憑性の方が疑わしい』
で、ゴリ通した。笑
そして、もう1回の、暴力事件は、脅して大きくならないようにした。
生徒部室という生徒指導室みたいなところがあり、そこにヤンキー用変形学生服がたくさん没収されて保管されているという話を聞きつけ、始業式で、生徒も、先生も全員が体育館にいる事を確認した上で、襲撃して、学生服を全て取り返した事があったが
これは、用意周到に計画をしたので、私が犯人だとはバレなかった。
自分の制服を取り返し、友達みんなに制服を配った。笑
決定打となった大きな事件は2回で、その2回で無期停学、退学、チーン。
となった訳だ。
まずは、無期停学になった時の話をしよう。
この話をするには、まず同級生の福岡という人間を紹介せねば、始まらない。
こいつは、調子ノリで、同級生からは、ちょっと変なヤツ扱いされていた。
だが、私はちょっと仲が良かった。
たまに夜の街に一緒に出かけて、飲んだり騒いだりした。
こいつの特徴としては、行動が理解できないところがあるし、ものすごく自分に良いように話を盛る。
福岡がタバコの自動販売機で、タバコを買っている時に、教師に見つかってしまうという事件があった。
距離が結構あったらしいので、人物まで特定されていないだろうと思って走って逃げたらしい。
そこまではよくある話だが、逃げた先が、みんながタムロして煙草を吸っていた、たまり場のお好み焼き屋さんだった。
いやいや、考えられない行動だ。
そして、そこの経営者のおじさんに、『おじさんがタバコを買いにおつかいさせた事にして!』と、お願いしたらしい。
そこに、教師が入ってきた。
タバコの煙がもうもうとする店内から、全員が生徒指導室に連れていかれて、そこにいた同級生は、全員、停学処分となった。
いや、正確には全員ではない。
2名助かった人間がいた。
大学生の横で学生服を脱いで座っていたから見つからなかったアキラと
そして
福岡、本人は、そのおじさんがタバコを買わせたという事をごり押しして、助かった。
自らが原因で、多くの友達の犠牲者を作りながらも、自分だけが逃げるという。
そんな経歴をもつ男だ。笑
無期停学の話は次回につづく。
つづく
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