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2010年03月30日10:40

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北風と太陽。

『北風と太陽』 

最近何かと、これ系の話題になる事が多い。この話を知らない人は少ないと思うのだが、一応、本編の内容は端折る程度に駆け足で説明する。


ある旅人がコートを着て旅をしていたのだが、負けず嫌いの北風さんと太陽さんが勝負をします。「どっちが先に旅人のコートを脱がす事ができるか!」という勝負です。

北風は自信満々で、自慢の強風を旅人に吹き付けました。コート吹き飛ばされそうになりました。しかし北風が強く吹けば吹くほど旅人はぎゅっとコートが飛ばされないように強く押さえるのでした。とうとう北風は旅人のコートを吹く飛ばす事ができませんでした。

次は太陽の出番です。太陽は暖かい日差しを旅人に注ぎました。そうすると先ほどまであんなに強く押さえていたコートを今度は自ら脱ぎ始めたのです。

勝負は太陽さんの勝ちに終わりました。


人間という生き物は、無理強いされるほどに激しく拒むが、自らが望む事は喜んでするという教訓のお話しだ。

人間関係において無理強いをする人間はたくさんいる。そんな大げさな事ではなくても会社などの集団組織、日本社会なども法律や規則という縛りでそこに属する人間を強制的に従属させていると言えるのではないのか。

それを無理強いだと感じるかどうか?それはそのルールや法律の説得力にあると思う。あまりにも理不尽であれば、デモ、ストライキ、暴動、反乱、などが起こるだろう。

男女間であれば、別れる時期となる事だろう。

縛られるのが嫌いという女性だって、男性を全く縛らない人間は希だろう。浮気をするなという事はすでに縛りであるからだ。法律で一夫一婦制度が当たり前になっている日本では、パートナーを独占するという事はもはや常識となっているが、それは普通の独占欲とどこが違うのかだろうか?

”相手が嫌がる事はしないようにしましょう”とはよく言うが、たとえば他の異性と遊ぶ事に干渉されるのが嫌な男性がいるとし、それを妨害するのは”嫌がる事をする事”になるのではないのか?最初からそういう男性は選ばないという女性の方が一般的かと思うが、一夫一婦制度が生んだ特殊な世間により、常識が独占欲を応援しているきわめて希なケースと思う。

男女間以外の事においては独占したい気持ちというのは、たいがい良い事とはされない。人間のエゴであるととらえられている。男女間にのみピュアであり大事な気持ちであるとされるのはな何故か?どうもキリストの仕業のような気がしてならないが…。キリスト教では一夫一婦制度導入の一番の理由は戦争に勝つ為には人数を増やす必要があったので、子孫を多く作らせる為の策であったようだ。それを神聖なモノにしたのは後付けらしい。

そんな話はさておき、男女間だけではなく複数の人間が集う場合に、相手に望む事は必ずあるだろう。そうでないと集団生活ができないからだ。しかしそのルールを強制的にやらされていると思うと、先ほどの北風状態になってしまうだろう。

そこで太陽の状態にする必要があるのだが、具体的にはどうしたら良いのか?

・ルールを守る事がカッコイイと思うような状態をつくる。
 (武士道などのように自分に尊厳があるようなルール、これは人権などもそうだと思う)
・この人間の為ならやってあげるという状態を作る。
 (盲目的になる可能性が高いので、かなり危険な思想だけどかなりの威力はある)
・そのルールがある集団が特別なモノで他とは違うという自覚。
 (騎士道や武士道に通じる。特別な存在だからこそルールを守るべきという自覚)
・難しくなく、おもしろいと思える状態にする。
 (楽しいとか、笑いというのは、かなりの潤滑油になる)
・正義、大義は自分らにあると思えるようにする。
 (自分らは正しい事をしていると自覚できる)
・そのグループにいれば安心できる。
 (男女間であれば、その男性といると…という事かな)

エコ推進なんかはこれを利用しているように思う。しかしその実、利益をむさぼる企業の嘘が見え隠れして相当胡散臭いのだが…。

多くのあやしい自己啓発セミナーや新興宗教なんかもこれを利用していると思う。

変な利用されかたばかりではないはずだが…。
あまりにも効果があるから、悪用する人間が多くて、そういう悪い面だけがクローズアップされるのかな?

しかし私を含めて、少し色んな事を考えるのが好きな人間は、裏でこういう仕掛けがあってコントロールされていると感じたら、逆に反発したくなるものだ。

だからロジックというか、仕掛けは絶対に見えてはいけない。手品のネタのようなモンで一気に冷める可能性がある。

北風と太陽だって、もし旅人が、北風と太陽が勝負しているのを最初から知っていたら、自分を使って勝負した事にイラ立って、太陽の時もコートを脱がなかったかも知れないと思う。それと同じ理屈だ。

さらにもう一歩踏み込んでみる。

北風の存在がなければ、旅人はコートを買っていない可能性がある。バイキンマンがいなければアンパンマンは顔を腹ぺこの人に頭を食べさせてあげるだけの存在になる。

宇宙怪獣がいなければウルトラマンはデカイだけで邪魔であり、現代の世に坂本龍馬がいれば、目立ちたがり屋のヤクザだったかも知れない。

理想の世界を作り上げたとしても、その中で今では考えられないような新しい不平不満は必ず起こる。何ひとつ不自由のないお金持ちのお嬢様が指を逆むけしてその痛さのあまり自殺してしまったとしても、私は「はぁ?」などとは思わない。本人からすれば本気で悩んだのだろうなと思う。

世の中というのは、その世界世界に陰陽が存在する。その規模などは所詮自分の常識でしかない。だから常に今の状態が劇的に変化する事はない。

金持ちになった事がないから、皆金持ちになりたいが、いざなってみれば良い事は当然たくさんあるが、それなりの苦悩も抱える。

女性からあまり相手になれないから、モテてちやほやされたい。しかしいざ、モテモテになってみれば、すごく楽しい人生ではある反面で、苦労の連続の毎日になるだろう。

あこがれのプロポーションと顔を手に入れたい!! でも本当にそうなってしまったら、楽しい反面で、すごく不自由な毎日を送る羽目になるかも知れない。

世の中は、そういうモノだ。

小さい世界にも大きな世界にも陰陽がある。その規模に関わらず、それ相応の光と影、善と悪が存在する。なぜそうなるのかは分からないが、自然とそうなるようになっているように感じる。

それを加味した上でさらに 『北風と太陽』 を考察する。

北風も太陽も、旅人を遙か上空から神様的な違う存在として見ている。そういうスケールで考えるならば、旅人が服を脱ぐかどうかという事はあまりにも些事であり、それを競い合う北風と太陽はあまりにも滑稽だ。しかしその滑稽さが人間という小さな存在は自意識過剰なんだなと気がつかせてくれる。この物語を作ったのも人間であるからこそ、こういう事になったのだろう。

実際に太陽や北風を含む自然に意思はない。仮に意思があったとしても、1人の人間どころか、地球上の全人間の生命すら知った事ではないだろう。比喩であるのでこれを引き合いに出すのは意味がないかもしれないが、自意識過剰である事を気づかせてくれる材料としては十分のように思う。

無理に何かを作り上げる事は何かを失う事を示す。人間の欲望は果てる事がないので、結局はどんどん何かを作り続け、そして何かを失い続ける。その中でそれだけ自分がしたい事ができるか?どれだけ自分を応援してくれる人間も一緒に高みに行けるか?これが私の望みのように思う。

私や私の大事だと思える人間を乗せた船はゆっくりだが確実に高みに進んでいる。目的はそれぞれ違うかもしれないが、もし一緒に船に乗りたい人がいれば拒まない。一緒に歩もう。

ワンピースみたいな感じで(笑

遠くから応援してくれる方の存在も有り難いので是非応援して下さい。
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