バリでは何でか分からないが、日本よりゆっくりと時間が流れる。
一度バリに来た事がある人なら、このマターリとした感覚は肌で感じる事ができるだろう。
美しいブーゲンビリアやプルメリアも、バナナやマンゴーの木も、ナシチャンプルやソトの匂いも、雑然としたビーチのしつこい物売りの姿も、交差点にいる物乞いの子供も、レースのようにガンガン飛ばすバイクも、警察官の不当な賄賂請求も、全て含めて、全体が融合しあっていて、ひとつの輪をなしているような気がする。
そこには、日本ではない日常が普通に流れている。
いざこっちに住むと、この夢のような不思議な時間が現実味を帯び、日本の歴然とした毎日が同じような事を忙しく繰り返す社会の方が、夢物語に感じる。
日本とはかけ離れた、この世界の方が、よっぽど現実味があり、人間として本能に近い生き方であるのだろうと、頭ではなく体が感じる。
思えば、バリにきてから楽しい事は数え切れない程あったが、それ以上にイヤな事はもっとあった。おそらく日本にいた時の数十倍以上はあったと思う。
楽しい事をしていても、どこかで荒んだ心が潜んでいた時期が長かったように思う。
こんな世界で、私は人の役に立ちたいと本気で考えて生きてきた。
しかし、その思いは、なかなか現実としてうまくいかない。
良い方向に進みたいからこそ、本気でぶつかるのだが、その都度、誤解を受けたり、失敗したりする。
バリでは、本当に試練の連続で、羽陽曲折を経て、私はやっと自分自身を見つめ直す事が出来たと思う。この経験は何事にも変えがたい貴重な経験だ。
つらい思い、イヤな思いというのは、乗り越えた時には逆にかなりの勇気になる。
バリ島という特殊な環境で、色んな試練を乗り越える事は私の人生において、とても良い糧となっている。
自分の信念を貫きつつも、今以上に違う意見を取り入れる勇気を持って、自分が進むイキザマが間違っていない事を一生をかけて証明していこう。
プルメリアの香りの風が吹くバリ島は、私のとってはもう第二の故郷だ。
私を必要としてくれている人間がいる限り、もっと最大限に答えていこうと思う。
未来は待つものではなく、現在の積み重ねの結果できあがるものだろう。
今できる事を今しよう。
みんなが笑顔で暮らせる為に。
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