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2008年05月13日23:25

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他人の為になる。

<日本時間5月14日9:32誤字脱字一部修正>

多くの人が、他人の為になるような事をしなければいけないと、親や目上の人に教えられて、育てられてきたと思う。

他人の為に自分を犠牲にできる人間は、すばらしい人間だと評価される。
しかし、それが故に自分の健康や生死にかかわる範囲まで危うくなってしまうような事を怖くない人間は少なからず、危ない人間として少し敬遠される。
でもその結果死んでしまった人間は英雄となる場合もある。特にアメリカなどではそうだ。
日本では、それには触れないという変な風習があるような気がする。

どこまで他人の為なるのが良い人間なのか?

友達の為に、親身になって、自分の事のように考えるヤツは、すばらしい。
だが、友達の為に死ねるヤツは頭がおかしい。親が悲しむ。となるケースが多い。
とても篤くて重い信頼関係は宗教的で、気持が悪いと思っている人も少なくないだろう。

ことわざで『過ぎたるは及ばざるが如し』というのがある。
何でもやり過ぎが良い訳ではないと言う事なのだろうか。

ナイチンゲールはすばらしいが、お国の為にゼロ型戦闘機で自決玉砕した人は洗脳されたおかしい人なのだろうか。

他の人の為になる事。

それは、その人間の人生を包み込むくらいの勇気と根性がないと、ひょっとしたらしてはいけない事なんじゃないだろうか?と、最近良く思う。

ヘタに誰かを助けたいと思って、やった軽はずみな行為のせいで、その人間の人生を台なしにしてしまう可能性だってある。
当然ながら助けられた方は、それがどんな結果であろうが、助けた人に一生恩義を感じる必要があると思うのであるが、実際、そんな事はないと言える。
助けたのに逆恨みされたりするのは珍しい事ではないと思う。
助けてもらった事の感謝の念より、その後、きちんと助けた後のフォローをしてくれなかった事に対しての恨みの方が大きくなったりする。

これでは『他人の為になる事』をしたのではなく『他人の人生の邪魔をした』としかなり兼ねない。世間一般で考えれば、逆恨みもいいとこだが、実際、こういう人間関係のもつれは少なくない。

ヘタに相手に人生の面倒を見るつもりもないのに、軽い気持ちで手を差し伸べるべきではない。だから『他の人の為になる事をしなさい。』という言葉は僕にとってすごく重い。




そんな重い話はさておき、最近、電気で走るバイクを買った。日本円だと約7万円。
カラから満充電まで約8時間、フル充電で約80キロ走れる。当然、坂が多いトコだとグッと走行距離は落ちるが…。最高時速は約45キロメートルだ。近所のお散歩用って感じだ。全然トルクがないので、改造できるものなら改造したい。(写真:1)

普段の足の台湾製のバイク(写真:2)
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